はじめに：世界経済秩序の根本的転換

2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏が第47代米国大統領として再び就任しました。その直後から始まった「トランプ関税」は、単なる貿易政策の変更ではなく、戦後築かれてきた自由貿易体制への根本的な挑戦となっています。

米国の平均関税率は22.5%という1909年以来の高水準に達し、中国への関税は一時145%まで引き上げられました。これは両国間の貿易を実質的に「凍結」させるレベルであり、世界のサプライチェーンに計り知れない影響を与えています。

さらに注目すべきは、この政策がもたらす逆説的な結果です。米国内では物価上昇と雇用喪失が同時進行し、トランプ大統領の支持率は就任わずか5ヶ月で38%まで低下しました。本記事では、この複雑な経済現象の全貌を、最新データと詳細な分析をもとに解き明かします。

トランプ関税の詳細な展開：時系列で見る貿易戦争

関税政策の理念と計算方法

トランプ政権の関税政策の根底には、3つの明確な目的があります。第一に、2024年に1兆2,117億ドル（約185兆円）に達した貿易赤字の削減。第二に、競争力の弱い国内製造業の保護と雇用創出。第三に、関税を外交交渉の道具として活用することです。

しかし、その関税率の計算方法は専門家から強い批判を浴びています。ホワイトハウスは当初、ギリシャ文字を用いた複雑な数式を公表しましたが、実際には「米国の貿易赤字を輸入額で割り、その数字を2で割る」という極めて単純なものでした。

関税措置の詳細な時系列

米国経済への逆説的影響：保護主義の代償

マクロ経済指標の悪化

WSJ紙によるエコノミスト調査（4月10-14日実施）は、トランプ関税の米国経済への深刻な影響を明らかにしています。消費者物価は関税の影響で約2%上昇し、一世帯あたりの年間負担増は2,800ドル（約41万円）に上ります。

産業別の明暗

特に皮肉なのは、鉄鋼・アルミニウム関税の結果です。鉄鋼業界では約1,000人の雇用が創出された一方で、製造業や建設業など他の分野では7万5,000人の雇用が失われたと推計されています。これは、原材料コストの上昇が川下産業に深刻な打撃を与えたためです。

政治的影響：支持基盤の変化

興味深いのは、支持層による評価の違いです。重厚長大産業に従事する人々は「関税の痛みは一時的…トランプは、言動一致の最高の大統領」と評価しています。一方で、農家の支持率は77%と極めて高い水準を維持しています。これは、短期的な補償金に加え、長期的に農業経済が強化されるという期待があるためです。

しかし、全体的な支持率は低下傾向にあります。CNN世論調査では、米国民の59%がトランプ氏の政策が「経済を悪化させた」と回答しており、経済政策関連の支持率は39%と自身最低を更新しました。

中国の対応：長期戦への戦略的転換

「脱アメリカ依存」の加速

中国は「一方的ないじめに屈する選択肢はない」として、長期的な対米対抗戦略を展開しています。その中核は、貿易相手の多様化と技術的自立です。

技術覇権競争への対応

中国は半導体や通信機器など安全保障に直結する分野で「脱アメリカ依存」を掲げ、自前の技術開発と製造体制の構築を加速しています。また、「一帯一路」構想を通じて独自の経済圏を構築し、地政学的な影響力の拡大と権威主義的統治モデルの輸出を進めています。

貿易額への影響

4月の中国の対米輸出は前年同月比21.0%減、輸入は13.8%減となりました。特に消費財（家電、衣料品、玩具など）の米国向け輸出が大きく減少しています。3桁の追加関税率により、両国間の貿易行為は実質的に「凍結」状態となっています。

日本経済への多層的影響：基幹産業の危機

自動車産業への直撃

日本にとって米国は最大の自動車輸出先であり、輸出総額の約30%を占めています。自動車および自動車部品への25%追加関税は、日本の基幹産業に極めて大きな影響を与えています。

マクロ経済への波及効果

政府の対応と限界

日本政府は「極めて遺憾」と表明し、赤澤経済再生担当大臣は4週連続で訪米し、6回目の交渉に臨んでいます。日本は巨額の対米投資を理由に、他国と異なる扱いを求めていますが、これは「日本さえよければという姿勢か」という批判も招いています。

また、トウモロコシや大豆の輸入先をブラジルから米国へ切り替えることや、エタノールの輸入増加が検討されていますが、これは輸入先の多様化によるリスク分散という目標とは逆行し、米国への依存度を高める結果となっています。

世界各国の対応：分断される国際社会

カナダ：地域分離の危機

カナダでは25%の報復関税を課すと表明していますが、より深刻なのは国内の分断です。アルバータ州では、石油産業が強い不満を抱いており、カナダ連邦からの分離独立を問う住民投票実施の動きまで出ています。これは、米国の関税に加え、トルドー政権の環境規制への反発が背景にあります。

EU：危機をチャンスに変える試み

EUは米国の「孤立主義」を、EUの国際的地位を高めるターニングポイントと捉えています。米国を離れようとしている投資マネーを取り込み、競争力強化を図るチャンスと見ています。しかし、規制簡素化や資本市場統合など、加盟国間の調整に時間がかかる政策が多く、ドイツやフランスの国内政治基盤の不安定化が改革の障害となっています。

その他の国々の状況

サプライチェーンの大変革：「囚人のジレンマ」

パラダイムシフトの実態

企業のサプライチェーン戦略は、コスト最適化から安定性・回復力・透明性重視へと根本的な転換を迫られています。しかし、これは「囚人のジレンマ」的な状況を生み出しています。

具体的な企業の動き

デンマークの玩具メーカー、レゴグループは関税リスクを軽減するため、米国に工場を建設する計画を進めています。しかし、これには原材料の搬入費、人件費、光熱費、輸送費などのコスト増が伴い、多額の投資と長期的な回収期間が必要となります。

新たな課題

「脱・中国依存」は以下の新たな課題を伴います：

• インフラ不足による生産効率の低下
• 熟練労働者の確保困難（特に移民労働力への依存）
• 法制度の未整備によるリスク増大
• 製品の安全基準維持の困難さ
• ESG要件への対応コスト増加

トランプ政権の支持率分析：何が影響しているのか

支持率の推移と構造

支持率低下の要因分析

トランプ大統領の支持率は、就任100日を目前にして歴史的な低水準に達しました。特に注目すべきは、党派別・属性別の支持率の差です。

経済政策と支持率の相関

米国民の59%が「経済を悪化させた」と回答しており、経済政策関連の支持率は39%と自身最低を更新しました。特に関税政策については、以下の懸念が広まっています：

• 市場の不安定化と株価への影響
• 日常生活のコスト上昇（年間2,800ドルの負担増）
• 貿易摩擦の激化による国際関係の悪化
• サプライチェーンの混乱による商品不足
• インフレの加速（2%の物価上昇）

政治的計算と今後の展望

対中関税の大幅引き下げ方針転換の背景には、株価やドル、米国債の下落（長期金利の上昇）など、マネーの米国離れともいえる動きがあったことが指摘されています。また、2026年の中間選挙に向けて、強固な「岩盤支持層」だけでは選挙を乗り切れないという共和党の事情も影響しています。

世論調査の限界と課題：見えない真実

調査精度の低下

近年の世論調査は、その信頼性に大きな疑問符が付いています。誤差は従来の±3%程度から±6%まで倍増しており、特に以下の要因が影響しています：

日米の調査手法の違い

日本では報道機関が自前で調査を行い、突発事件にも臨機応変に対応できる利点があります。一方、欧米ではコマーシャルベースの調査が多く、長期的な社会変化を探る調査は少ない傾向にあります。八王子市の事例では、面接法から郵送法への変更により、定住意向や生活環境評価が大幅に低下する現象が観察されました。

結論：新たな世界経済秩序への適応

トランプ関税は、第二次世界大戦後に構築されてきた自由貿易体制に対する根本的な挑戦です。米国の平均関税率22.5%という数字は、単なる統計ではなく、世界経済の構造的転換を象徴する指標です。

この政策がもたらす逆説的な結果は、保護主義の限界を如実に示しています。米国内では物価上昇と雇用喪失が同時進行し、トランプ大統領の支持率は急速に低下しています。一方で、中国は長期戦を覚悟し、貿易相手の多様化と技術的自立を進めています。

日本企業にとって最も重要なのは、この不確実性を前提とした戦略の構築です。サプライチェーンの再構築、デジタル技術の活用、ESGへの対応など、多面的なアプローチが求められます。同時に、「囚人のジレンマ」に陥らないよう、業界内での協調も必要でしょう。

最後に、世論調査の限界を認識しつつも、民意の動向を注視することが重要です。2026年の中間選挙に向けて、政策の修正が行われる可能性もあります。しかし、米中間の構造的対立は長期化すると見られ、企業は「不確実性の中での経営」という新たな常態（ニューノーマル）に適応していく必要があります。

この激動の時代において、情報の正確な把握と迅速な意思決定が、企業の生存と成長の鍵となるでしょう。国際連携を強化しながら、柔軟かつ強靭な経営体制を構築することが、今まさに求められています。