ニュートリエンは2022年の肥料スーパーサイクルで過去最高益を記録した後、2年連続で減収減益に陥ったが、2025年に入り回復基調に転じている。 株価は2025年初頭の約46ドルの安値から2026年2月時点で約71ドルまで上昇し、アナリストの目標株価を上回る水準に達した。世界最大のカリウム生産者かつ唯一の垂直統合型肥料・農業リテール企業としての構造的優位性は健在だが、BHPジャンセン鉱山の稼働やベラルーシ制裁緩和による供給増リスクが中期的な最大の懸念材料となっている。本レポートでは、財務実績・事業構造・市場環境・バリュエーション・リスクの5つの観点からニュートリエンを包括的に分析する。
目次
2022年ピークからの急落と2024年の「底打ち」を示す業績推移
ニュートリエンの過去5年間の業績は、肥料価格サイクルに強く連動した劇的な変動を示している。2022年のロシア・ウクライナ戦争を契機とした肥料価格の急騰が過去最高益をもたらし、その後の価格正常化が急激な減益を引き起こした。
| 指標 | FY2020 | FY2021 | FY2022 | FY2023 | FY2024 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高(億ドル) | 209 | 277 | 379 | 291 | 260 |
| 営業利益(億ドル) | 約16 | 約51 | 約102 | 約39 | 約30 |
| 純利益(億ドル) | 約4.6 | 31.8 | 76.9 | 12.8 | 7.0 |
| 希薄化EPS(ドル) | 約0.80 | 5.52 | 14.18 | 2.53 | 1.36 |
| 調整後EPS(ドル) | 約1.80 | — | — | 4.44 | 3.47 |
| 1株配当(ドル) | 1.78 | 1.84 | 1.92 | 2.12 | 2.12 |
| 営業CF(億ドル) | 約33 | 約40 | 約81 | 約51 | 約36 |
| 設備投資(億ドル) | 約15 | 約20 | 約25 | 約27 | 22 |
| フリーCF(億ドル) | 約18 | 約20 | 約56 | 約25 | 約14 |
収益性指標も同様に劇的な変動を経験した。営業利益率はFY2022の約28.5%からFY2024には約7.1%へ低下し、ROEも約31%から約2.8%に急落した。ただし、これらの数値にはFY2020の約8億ドルのリン酸資産減損、FY2022の7.8億ドルの減損戻入れ、FY2023の7.7億ドルの減損計上など、大型の非経常項目が含まれている点に留意が必要だ。
バランスシートは比較的安定しており、FY2024末の総資産518億ドル、株主資本244億ドル、長期有利子負債の対資本比率(D/Eレシオ)は約0.36倍と投資適格水準を維持している。Moody’sはA2(2025年にA3から格上げ)の信用格付を付与しており、財務健全性に大きな懸念はない。
2022年のピークの背景には、ロシア・ベラルーシ合計で世界カリウム輸出の約40%を占める供給の急減、欧州天然ガス価格高騰による窒素肥料工場の停止、中国のリン酸輸出規制の強化といった複合的な供給ショックがあった。2023〜2024年の減益は、これらの供給混乱が徐々に解消し肥料価格が正常化したことが主因であり、ニュートリエン固有の経営問題ではない。
4つのセグメントが織りなす「攻め」と「守り」の事業構造
ニュートリエンは、リテール・カリウム・窒素・リン酸の4事業セグメントを持つ世界唯一の垂直統合型肥料企業だ。2018年にポタシュコープとアグリウムの合併により誕生し、上流(生産)から下流(農家への直接販売)までのバリューチェーンを一気通貫で保有する。
リテール事業(Nutrien Ag Solutions) は売上高約178億ドル(FY2024)で全体の約69%を占め、7カ国1,900以上の拠点を通じて60万以上の農家顧客に肥料・農薬・種子を販売する世界最大の農業リテールネットワークだ。FY2024の調整後EBITDAは17億ドル(前年比+16%)で、自社ブランド製品の拡大(約2,000品目)がマージン改善の鍵を握る。ただし、2024年にはアルゼンチン・チリ・ウルグアイのリテール事業を売却し、ブラジルでも21拠点を閉鎖するなど、非中核地域の撤退と収益性改善を優先している。
カリウム事業 はサスカチュワン州6鉱山で年産能力2,000万トン超、世界生産能力の約25%を占め、業界最低水準のコスト(製造コスト約56ドル/トン)を持つ。FY2024の販売量は1,390万トンの過去最高を達成し、鉱山の35%が自動化(テレリモート操業)されている。調整後EBITDAは18億ドル。
窒素事業 はアンモニア・尿素・ESN(緩効性窒素)等を北米とトリニダード・トバゴで生産する世界第3位の窒素肥料メーカーだ。FY2024の調整後EBITDAは19億ドルと4セグメント中最大。北米の安価な天然ガス(ヘンリーハブ基準)を原料とし、欧州・アジアの競合に対してコスト優位がある。ただし、2025年10月にトリニダードの施設を操業停止しており、ガス供給の不安定さが課題。
リン酸事業 はフロリダ州の鉱山・工場を拠点とし、DAP/MAP等を生産するが、FY2024の調整後EBITDAは3.8億ドルと全体の約6%に留まる。2025年第3四半期に戦略的レビューが開始されており、事業再編・パートナーシップ・売却の選択肢が検討中で、2026年に結論が出る見通しだ。
経営陣が掲げる2026年目標は、カリウム+窒素の販売量を2023年比200〜300万トン増加、リテール調整後EBITDAを19〜21億ドル、自社ブランド製品粗利益14億ドル、年間コスト削減2億ドル(2025年に1年前倒しで達成見込み)という内容だ。設備投資は年22〜23億ドルに抑制し、カリウム鉱山の自動化と窒素のブラウンフィールド拡張に注力する。
肥料市場は「構造的に底上げ」されたが新規供給の波が迫る
世界の肥料市場は2025年時点で約2,000〜2,300億ドル規模と推定され、年間4%前後の成長が見込まれている。2024年の世界肥料消費量は過去最高の**約2億600万トン(栄養素ベース)**に達し、IFAは2029年に2億2,400万トンへの拡大を予測している。人口増加、食料安全保障への関心の高まり、アフリカ・インドの需要拡大が構造的な追い風だ。
肥料価格は2022年のピークから大幅に下落したが、2019年以前の水準には戻っていない。2025年のカリウム(MOP)価格は約340〜355ドル/トン(インド2025年契約は349ドル/トン、前年283ドルから大幅上昇)、尿素は約400〜490ドル/トン(地域による)、DAP(リン酸二アンモニウム)は600〜800ドル/トンと、構造的なコスト上昇やサプライチェーンの変化を反映して高止まりしている。
| 企業 | 売上高(直近) | 時価総額 | EV/EBITDA | 配当利回り | 主力セグメント |
|---|---|---|---|---|---|
| ニュートリエン(NTR) | 260億ドル | 約350億ドル | 8.2x | 約3.1% | リテール、カリウム、窒素 |
| モザイク(MOS) | 124億ドル | 約91億ドル | 5.3x | 約2-3% | リン酸、カリウム |
| CFインダストリーズ(CF) | 65億ドル | 約130億ドル | 約6-7x | 約2.5% | 窒素(アンモニア、尿素) |
| ヤラ・インターナショナル | 140-150億ドル | 約100-120億ドル | — | — | 作物栄養、工業ソリューション |
| ICLグループ | 約70億ドル | 約60-70億ドル | — | — | 農業、工業製品 |
肥料セクター全体が過去5年の中央値を下回る水準で取引されている。 EV/EBITDAの業界5年中央値は約12.5倍だが、主要各社は5〜8倍台に留まっており、2022年の異常な高収益期の反動による「サイクル後の割安放置」状態にあるといえる。ただし、ニュートリエンはリテール事業の安定性を評価され、モザイクやCFインダストリーズよりもプレミアムで取引されている。
最大の構造的懸念は供給サイドだ。BHPのジャンセン・カリウム鉱山(サスカチュワン州)はステージ1(年産415万トン)が75%完成し、2027年半ばの初出荷(当初計画より約1年遅延)、総投資額は当初の57億ドルから84億ドルに膨張している。ステージ2を含む最終的な生産能力は約850万トン/年で、世界カリウム生産の約10%に相当する。加えてラオスの生産も2021年の26万トンから2023年に140万トンに急拡大しており、IFAはグローバルカリウム生産能力が2024〜2029年に20%増加すると予測している。
株価は底打ちから50%超の反発、アナリストの目標株価に接近
NTRの株価は2022年4月に100.10ドルの過去最高値を記録した後、肥料価格の正常化に伴い下落トレンドが続き、2025年初頭に約45.78ドルの52週安値を付けた。その後、カリウム価格の回復、2025年上期の好決算(調整後EBITDA前年比36%増)、ポートフォリオ最適化の進展を背景に、2026年2月10日時点で約71.14ドルまで回復している。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 株価(2026年2月10日終値) | 71.14ドル |
| 時価総額 | 約345億ドル |
| PER(実績) | 約17.0倍 |
| PER(予想) | 約14.4倍 |
| PBR | 1.22倍 |
| EV/EBITDA | 7.85倍 |
| 配当利回り | 約3.1% |
| 配当性向(TTMベース) | 約59% |
| 52週レンジ | 45.78 – 73.06ドル |
アナリストのコンセンサスは「中立〜やや買い」。15〜19名のカバレッジアナリストの平均目標株価は約64〜66ドルで、直近の株価上昇により目標を上回る水準にある。ただし、2026年1〜2月にかけてモルガン・スタンレー(オーバーウェイトに格上げ)、RBCキャピタル(目標75ドル)、オッペンハイマー(目標76ドル、最高値)と相次いで引き上げが行われており、コンセンサスは上方修正途上にある。
株主還元政策は積極的だ。2020年から2025年にかけて約8,300万株(14.6%)の自社株を消却しており、発行済株式数は約5.7億株から約4.87億株に減少した。年間配当は2019年の1.72ドルから2025年に2.18ドルへ7年連続増配(累計約27%増)を達成している。2025年3月〜2026年2月のNCIB(自社株買いプログラム)では発行済株式の5%(約2,440万株)が上限として認可されている。
機関投資家の保有比率は約71〜73%。バンガード(約4.3%)、アロウストリート・キャピタル(約2.9%、2025年Q3に19%増加)、ファースト・イーグル(約2.7%)が上位株主であり、一株一議決権で支配株主は存在しない分散型の株主構成となっている。
カリウム供給過剰と地政学リスクが交錯する複合的リスク
ニュートリエンの投資判断を左右するリスク要因は多岐にわたるが、大きく5つに整理できる。
第一に、コモディティ価格リスクが圧倒的に大きい。 カリウム価格が25ドル/トン変動するだけでEBITDAが±2.8億ドル、EPSが±0.45ドル変動する。FY2022からFY2024にかけて、カリウム事業のEBITDAは58億ドルから18億ドルへ約69%減少した。この変動幅は経営努力では吸収しきれない規模であり、ニュートリエンの業績は本質的にコモディティ価格次第という構造的宿命を負っている。
第二に、供給増による中期的な価格下落リスクが最大の構造的懸念だ。 BHPジャンセン鉱山のステージ1(年産415万トン、2027年稼働予定)に加え、ラオスの増産(2025年末に200万トン/年体制)、ロシア・ベラルーシの輸出回復により、IFAはグローバルカリウム生産能力が2029年までに20%増加すると予測。需要成長は年2〜3%に対して供給増のペースが上回るリスクがある。CRUのアナリストも「供給の上振れリスクはない」とコメントしており、長期的には弱気な見方が多い。
第三に、地政学リスクは「二方向」に作用する。 2025年12月に米国がベラルーシのカリウム制裁を解除(一般許可証13号)したことはカリウム供給増の方向に働く一方、EU制裁は維持されており、ベラルーシのリトアニア港湾アクセスは依然制限されている。ウクライナ紛争でロシアの肥料工場が攻撃されるリスクは逆に供給逼迫要因だ。さらに、トランプ政権がカナダ産カリウムに「厳しい関税」を示唆しており、米国カリウム消費の半分以上をカナダから輸入している状況下で、関税リスクは複雑な影響をもたらしうる。
第四に、ESG・環境リスクがある。 窒素肥料生産は天然ガスの水蒸気改質に依存しており、世界のCO2排出の約2%を占める。ニュートリエンはScope 1・2排出原単位を2018年比で10%削減したものの、目標の30%にはまだ距離がある。EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)も長期的な規制リスクだ。
第五に、為替リスクと金利コスト。 カナダドル建てのカリウム生産コストに対して売上は米ドル建てであるため、CAD安は利益にプラスだが、ブラジルレアルやオーストラリアドルの変動もリテール事業に影響する。2025年に新規発行した10億ドルの社債金利は4.5%・5.25%と、借り換え前の3.0%から上昇しており、金融費用は年間6.5〜7.5億ドルと高水準にある。
経営陣の成長シナリオはどこまで現実的か
ニュートリエン経営陣の成長戦略を「実行可能性」の観点から評価すると、楽観シナリオと悲観シナリオの乖離が大きい。
カリウム増産は順調に進捗している。 FY2024に過去最高の1,390万トンを販売し、2025年ガイダンス(1,390〜1,450万トン)も達成可能なペースだ。鉱山自動化率35%、製造コスト7%削減といったオペレーショナル・エクセレンスは実績として評価できる。しかし、問題は**「量を売っても価格が下がれば利益は増えない」**という単純な算術だ。FY2024のカリウム事業は過去最高の販売量を達成しながらEBITDAは前年比で減少している。
リテール事業のマージン改善は緩やか。 FY2024の調整後EBITDA17億ドルはFY2023の14.6億ドルから改善したが、FY2022のピーク23億ドルには遠く及ばない。自社ブランド製品の拡大は着実に進んでいるが、変革的というよりは漸進的な改善に留まる。2026年目標の19〜21億ドルは達成可能だが、その上限に届くにはブラジル事業の本格回復が必要だろう。
経営陣のガイダンス精度には構造的限界がある。 FY2021-2022は初期ガイダンスを大幅に上回り、FY2023-2024は下方修正を余儀なくされた。この振れ幅はコモディティ企業の宿命だが、ニュートリエンはこれを認識し、2024年からEBITDAの直接ガイダンスを取り止め、販売量・コスト・感応度分析の開示に切り替えた。率直な姿勢は評価できるが、裏を返せば「自社の利益を予測できない」ことの表明でもある。
ブルケースが実現するためには、カリウム価格が350ドル/トン以上を維持し、BHPジャンセンの追加遅延が続き、ベラルーシ・ロシアの供給回復が物流制約で限定的に留まり、北米天然ガス価格が低水準を維持し、米国がカナダ産カリウムに関税を課さないことが前提となる。ベアケースでは、2027〜2030年に年産1,000〜1,500万トンの新規カリウム供給が市場に流入し、需要成長(年2〜3%)を上回ることでカリウム価格が300ドル/トンを大きく下回る展開がありうる。
結論:サイクルの谷を越えたが、次の山の高さは限られる
ニュートリエンは2024年を収益サイクルの底として2025年に回復軌道に乗ったことはほぼ確実だ。2025年上期のEBITDA前年比36%増、インド・カリウム契約価格の前年比23%上昇、過去最高のカリウム販売量がそれを裏付ける。EV/EBITDA 7.85倍という現在のバリュエーションは業界5年中央値12.5倍に対して割安であり、配当利回り約3.1%と7年連続増配の実績もインカム志向の投資家には魅力的だ。
一方で、2022年のような「スーパーサイクル」の再来を期待する投資は危険だ。正常化されたEBITDAは年50〜70億ドルのレンジが現実的であり、2022年の122億ドルは一世代に一度の異常値と見るべきだろう。中期的には、BHPジャンセンの稼働(2027年〜)とグローバルカリウム生産能力の20%増加が最大の構造的逆風となる。
個人投資家にとっての重要なポイントは3つ。 第一に、この銘柄はコモディティ価格に対する高いベータを持つ景気敏感株であり、安定成長株として保有する銘柄ではない。第二に、約15%の自社株消却と安定増配は株主還元面での規律を示しており、下値リスクの緩和材料となる。第三に、2026年2月18日予定のQ4 2025決算と2026年通期ガイダンスが次の重要なカタリストであり、カリウム価格の方向性と合わせて注視すべきだ。リテール事業の安定性とコモディティのアップサイドを兼ね備えた「守りと攻め」の両面性こそが、ニュートリエンという投資対象の本質である。




















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