G7カナナスキス・サミット。分断された西側諸国とイスラエル・イラン危機



目次

分断された西側諸国:カナナスキスG7サミットと対イラン政策の崩壊

2025年6月、長年にわたる中東の「影の戦争」は、危険な新段階へと突入した。イスラエルとイランは、代理戦争や秘密作戦というこれまでの抑制された交戦形態を捨て、直接的な国家間軍事攻撃の応酬を開始した。この劇的な緊張激化は、カナダのカナナスキスで開催された先進7カ国(G7)首脳会議に暗い影を落とし、西側同盟内の深刻な亀裂を露呈させる舞台となった。

第1章:戦争の瀬戸際 – 2025年6月のイスラエル・イラン間の緊張激化

「ライジング・ライオン作戦」:イスラエルの先制攻撃

2025年6月13日、イスラエルは「ライジング・ライオン作戦(Operation Rising Lion)」と名付けられた大規模な空爆及び諜報作戦を開始した。イスラエル政府が公式に表明した作戦の根拠は、核兵器開発の瀬戸際にあると主張するイランによる核兵器取得を阻止するための先制攻撃であった。

この攻撃の直前には、国連の核監視機関である国際原子力機関(IAEA)が、イランが核不拡散に関する義務を遵守していないとして非難決議を採択しており、イスラエルはこの国際的な懸念を自らの軍事行動の正当化に利用した形となった。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、この攻撃を国家存亡の危機を防ぐための行動と位置づけ、「この脅威を取り除く」ための決断であると強調した。

この作戦は、単なる示威行為にとどまらず、イランの戦略的能力を体系的に減衰させることを目的としていた。攻撃対象は多岐にわたった:

  • 核関連施設:イランの核開発計画の中核をなすナタンズの核施設やイスファハンのウラン転換施設が攻撃を受け、深刻な損害を被った。これは、イランの核開発能力そのものを物理的に破壊しようとする明確な意図を示している。
  • 軍指導部と科学者:作戦は、イスラム革命防衛隊(IRGC)の最高司令官や軍の参謀総長、さらには著名な核科学者を含む複数の高級幹部の殺害に成功したと報じられた。これは、イランの指揮命令系統と技術開発能力に直接的な打撃を与えることを狙ったものである。
  • 指揮・ミサイルインフラ:タブリーズやケルマンシャー近郊のミサイル複合施設、IRGCの関連施設、さらには首都テヘランにあるイラン国防省本部までが標的とされた。これにより、イランの報復能力と軍事的中枢を麻痺させることが意図された。
  • 国家プロパガンダ機関:イスラエル軍の戦闘機は、イランの国営放送(IRIB)の本部を攻撃し、生放送を中断させた。これは、イラン政府の国内における情報統制と国民へのプロパガンダ能力を削ぐことを目的とした心理戦の一環であり、軍事的な目標だけでなく、政権の正当性そのものを揺るがす狙いがあった。

これら一連の攻撃は、過去の秘密作戦とは一線を画すものであった。これまでのサイバー攻撃や個別の暗殺といった行動は、しばしば否定可能な「影の戦争」の範疇に留まっていた。しかし、「ライジング・ライオン作戦」は、イスラエル国防軍(IDF)が公式に作戦実行を認め、その正当性を主張する、公然かつ大規模な国家による軍事行動であった。

イランの報復:力の誇示と抵抗の意志

イスラエルの先制攻撃に対し、イランは即座に、そして断固として反応した。イラン政府は、イスラエルの攻撃を国連憲章に違反する「侵略行為」であり「宣戦布告に等しい」と激しく非難した。そして、言葉だけでなく行動でその抵抗の意志を示した。

6月13日の夜から、イランはイスラエル領内に向けて数百発に及ぶ弾道ミサイルとドローンによる大規模な報復攻撃を開始した。報復攻撃の主な標的は、テルアビブ、ハイファ、エルサレムといったイスラエルの主要都市であり、住宅地や民間のインフラにも着弾し、多数の死傷者を出した。ハイファの石油精製所も被害を受けたと報じられている。

イランは国連に対し、自国の行動は国連憲章に基づく自衛権の行使であり、軍事目標のみを対象とした均衡のとれた対応であると主張した。しかし、実際には都市部の人口密集地が攻撃されており、その主張と現実の間には大きな乖離が見られた。

さらにイランは、米国、英国、フランスに対し、イスラエルへの支援を行わないよう警告を発し、紛争の国際的な拡大を辞さない構えを見せた。この報復攻撃は、単なる軍事的な反撃以上の意味を持っていた。それは、高度な戦略的シグナリング、すなわち暴力を用いた意思伝達であった。

人的・経済的被害

数日間にわたる直接的な軍事衝突は、双方に甚大な被害をもたらした。6月16日の時点で、イスラエル側で少なくとも24人、イラン側では224人以上が死亡したと報じられた。特にイラン側の死者には多くの民間人が含まれていた。負傷者は両国で数百人に上った。

この紛争は、中東地域に留まらず、世界経済にも即座に影響を及ぼした。イスラエルの石油精製所やイランの天然ガス施設といったエネルギー関連インフラが攻撃対象となったことで、世界市場は動揺し、原油価格は急騰した。これは、紛争が長期化・拡大すれば、世界的なエネルギー供給に深刻な支障をきたし、市場の不安定化を招くという懸念を増幅させた。イスラエル一国だけでも、この戦争にかかる費用は1日あたり3億ドルに達すると試算されており、紛争の経済的コストの大きさを物語っている。

紛争の時系列(2025年6月)

  • 6月12日(木)夜:イスラエルによる先制攻撃(ライジング・ライオン作戦)開始。イラン国内の核関連施設、軍事施設、IRGC指導部を標的。イランは、この攻撃で核科学者や軍幹部を含む224人が死亡、1,481人が負傷したと発表。ナタンズの核施設などが損害。
  • 6月13日(金):イランが報復攻撃を開始。弾道ミサイルとドローンを発射。イスラエル国内の主要都市(テルアビブ、リション・レジオンなど)を標的。テルアビブ近郊でミサイルが住宅に着弾し、死傷者発生。イスラエル側の死者は14人に達する。
  • 6月14日(土):イスラエル・イラン双方が攻撃を継続。イスラエルはイランのエネルギー産業施設を攻撃。イランはイスラエルの石油精製所(ハイファ)や科学研究所を攻撃。イスラエル北部のタムラで4人が死亡。ハイファの石油精製所が損傷。イランの石油施設からも煙が上がる。
  • 6月15日(日):攻撃の応酬が3日目に突入。イスラエルはテヘランの国防省本部などを標的としたと発表。イランはイスラエルの都市部へミサイル攻撃を継続。テヘランで爆発音。イスラエルではテルアビブなどで空襲警報。双方で民間人の死傷者が増加。
  • 6月16日(月):紛争4日目。G7サミットが本格化する中、戦闘は続く。イスラエルはテヘランの国営放送(IRIB)本部を攻撃。イランはイスラエルへ約100発のミサイルを発射。IRIBの生放送が中断。イスラエルではテルアビブなどでミサイル着弾、8人が死亡。地域全体の死者数はイスラエル側24人、イラン側224人に。

第2章:亀裂の入った合意 – G7カナナスキス・サミット

イスラエルとイランの間で戦火が拡大する中、カナダのカナナスキスで開催されたG7サミットは、国際社会がこの危機にどう対応するかの試金石と見なされていた。しかし、そこで露呈したのは西側諸国の結束ではなく、深刻な亀裂であった。特に、紛争の鎮静化を目指す共同声明を巡る対立は、G7の機能不全と、その中核をなす大西洋同盟の戦略的な不協和音を浮き彫りにした。

欧州主導の声明草案:緊張緩和への呼びかけ

危機の深刻化を受け、フランス、ドイツ、英国といった欧州のG7メンバー国が主導し、共同声明の草案が作成・回覧された。複数の情報源によれば、この草案は、伝統的な多国間外交のアプローチに則ったものであり、以下の4つの柱から構成されていた:

  1. 緊張緩和の要請:イスラエルとイラン双方に対し、これ以上の軍事行動を自制し、地域全体の不安定化を避けるよう強く求める。
  2. イスラエルの自衛権の承認:国際法に則った形でのイスラエルの自衛権を明確に認める。
  3. イランの核武装の阻止:イランが核兵器を取得することは決して許されないという、G7としての一貫した立場を再確認する。
  4. 市場の安定確保:紛争が世界経済に与える影響を最小限に抑えるため、特にエネルギー市場を含む市場の安定を維持するために協力する。

この草案の目的は明白であった。G7として統一された強いメッセージを発信することで、紛争当事者双方に外交的圧力をかけ、全面戦争へと突き進む危険な連鎖を断ち切るための「出口」を提供することにあった。欧州諸国は、この共同声明が、制御不能な紛争がもたらすであろう世界的な経済的・政治的混乱を防ぐための重要な一歩になると考えていた。

米国の拒否:「最大限の圧力」戦略

しかし、この欧州主導の努力は、米国のドナルド・トランプ大統領によって完全に覆された。トランプ大統領は、この共同声明草案への署名・支持を明確に拒否し、G7の統一行動を事実上不可能にした。

トランプ政権が示した拒否の理由は、多角的かつ戦略的なものであった:

  • 対イラン圧力の維持:最大の理由は、トランプ大統領がイランに対する「最大限の圧力」路線を継続したいという強い意向を持っていたことである。彼は、緊張緩和を呼びかける共同声明が、イランに核開発計画の放棄を迫るための米国のレバレッジ(交渉力)を弱めることになると判断した。
  • 不十分な文言:草案に含まれていた「イランの核施設の厳格な監視」という表現は、トランプ大統領にとって生ぬるいものと映った。彼は、単なる監視ではなく、イランによるいかなるウラン濃縮活動も完全に停止させることを要求しており、草案の文言は彼の要求水準に達していなかった。
  • 声明の冗長性:ホワイトハウス高官は、トランプ大統領は既に公の場で自らの立場を明確にしているため、改めて声明に署名する「理由はない」と感じていると述べた。さらにこの高官は、他の首脳の要請に応じてトランプ大統領がサミットに出席していること自体が「結束の証」であると主張し、共同声明の価値を意図的に低く評価した。

この米国の拒否は、単なる戦術的な意見の相違ではなかった。それは、欧州が重視する多国間協調と合意形成という外交哲学と、トランプ政権が推し進める一方的かつ取引的な外交哲学との根本的な衝突であった。

サミットにおける広範な不協和音の文脈

イスラエル・イラン紛争を巡る対立は、氷山の一角に過ぎなかった。2025年のカナナスキス・サミットは、当初から多くの火種を抱えていた:

  • 貿易摩擦:トランプ大統領が鉄鋼、アルミニウム、自動車などに課した高関税を巡り、他のG7メンバー国との間で激しい対立が存在した。各国首脳は、サミットの場でトランプ大統領に直接働きかけ、関税の緩和を勝ち取ろうとしていた。
  • G7のアイデンティティへの挑戦:トランプ大統領は、2014年にクリミア併合を理由にG7から追放されたロシアの復帰を主張し、「ロシアを排除したのは間違いだった」と公言した。さらに、中国をG7に加えるというアイデアまで披露し、G7が「同じ価値観を持つ民主主義国の集まり」であるという、その存在意義そのものを揺さぶった。
  • 予測された失敗:このような深刻な亀裂は事前に予測されていた。議長国であるカナダは、2018年のG7サミットでトランプ大統領が共同声明への署名を土壇場で撤回した苦い経験から、今回は当初から全会一致の共同声明(コミュニケ)ではなく、議長総括(チェアマンズ・サマリー)を発表する方向で準備を進めていたと報じられている。これは、G7の結束がもはや保証されたものではないという厳しい現実を物語っている。

結局のところ、G7の結束は、米国の支持なくしては実質的な意味を持たないことが露呈した。欧州諸国は草案作成を主導し、最後までトランプ大統領の説得を試みたが、ドイツ政府当局者が「声明が出せるかは米国次第だ」と認めたように、米国の拒否権の前には無力であった。

第3章:外交的膠着状態の解剖 – 各国の立場と動機

カナナスキスでのG7の不協和音は、イスラエル・イラン危機に関与する主要な当事者たちの、複雑に絡み合った戦略的計算の結果であった。米国、欧州G7諸国、イスラエル、そしてイランは、それぞれ異なる脅威認識、国内事情、そして地政学的目標に基づいて行動しており、その相違が外交的な膠着状態を生み出した。

米国:強要的外交戦略

トランプ政権の対応は、一見矛盾しているかのように見える二面性を特徴としていた。これは、軍事圧力を外交的レバレッジとして利用する、意図的な「強要的外交(coercive diplomacy)」戦略であったと分析できる。

「硬軟両様」のメッセージ:トランプ大統領は、一方では「彼らは話すべきだ、即座に話すべきだ」と繰り返しイランに対話を呼びかけ、「簡単にディール(取引)は成立させられる」と外交的解決への期待を公言した。しかしその一方で、イスラエルの軍事攻撃を「素晴らしい」と称賛し、米国の支持を明確にした。さらに、攻撃の直前に期限切れとなった60日間の核合意交渉の最終通告は、外交的失敗と軍事行動を意図的に結びつけるものであった。

この一連の動きは、「エスカレートさせてからディールに持ち込む(escalate to de-escalate)」という戦略に合致する。まずイスラエルの攻撃という「エスカレーション」を容認・支持することでイランを追い詰め、その後、力の優位を背景に「ディール」という名の「デスカレーション(緊張緩和)」を提案するのである。

エスカレーションの管理:この攻撃的な姿勢とは裏腹に、ホワイトハウスは紛争が制御不能に陥ることを警戒し、明確な一線を引いていた:

  • 直接関与の否定:国務省とホワイトハウスは、公式声明や在外公館への指示を通じて、米軍はイスラエルの「一方的な」攻撃に「関与していない」と繰り返し強調した。これは、米国自身が直接の当事者となることを避けるための予防線であった。
  • 体制転換の拒否:最も重要な点は、トランプ大統領がイスラエルから提示されたとされるイランの最高指導者アリー・ハーメネイー師の暗殺計画を拒否したことである。政権は、最高指導者の殺害が制御不能なエスカレーションと地域全体の不安定化を招くと判断した。これは、米国の目標があくまでイランの核計画の阻止であり、全面戦争や体制転換ではないことを示している。

軍事力の誇示:外交的駆け引きを支えるため、米国は中東地域に追加の航空母艦打撃群や弾道ミサイル防衛能力を持つ艦船を展開し、米軍部隊の保護とイスラエルの防衛を支援する姿勢を明確にした。これは、イランに対する軍事的圧力を維持し、米国の交渉力を裏付けるための行動であった。

欧州G7(E3+イタリア):自制を求める合唱

英国、フランス、ドイツを中心とする欧州のG7メンバーは、米国とは対照的に、一貫して自制と外交を求める姿勢を示した。

統一されたメッセージ:英国のキア・スターマー首相はG7内に「緊張緩和へのコンセンサス」があると強調し、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はイランの核武装は「いかなる状況下でも」許されないとしつつも、外交的解決を目指す姿勢を明確にした。フランスのエマニュエル・マクロン大統領も同様に、外交への回帰を強く促した。

根底にある懸念:欧州諸国のこの立場は、彼らが直面する固有の脆弱性に根差していた:

  • 経済・エネルギー安全保障:欧州の指導者たちは、中東での全面戦争が世界のエネルギー市場を混乱させ、価格を高騰させ、自国経済をスタグフレーションに陥れることを深く懸念していた。
  • 地理的近接性と安定:中東における大規模な紛争は、米国よりも欧州にとって、安全保障上および難民問題において、より直接的な脅威となる。紛争が拡大するリスクは「計り知れない」と認識されていた。

この脅威認識の違いこそが、大西洋同盟の亀裂の核心であった。トランプ政権にとって最大の脅威が「核武装したイラン」であったのに対し、欧州にとっては「中東での戦争」そのものがより差し迫った脅威であった。

イスラエル:先制攻撃の論理と連帯の要求

イスラエルは、自国の行動を国家存亡のための不可避な選択として位置づけ、国際社会、特に西側諸国からの支持と連帯を強く求めた。

存亡の危機という言説:ネタニヤフ首相からイツハク・ヘルツォグ大統領に至るまで、イスラエル指導部は一貫して、イランの核開発計画がユダヤ人国家にとって「存亡に関わる脅威」であると訴えた。軍事攻撃は、この脅威を排除するための最後の手段として正当化された。

外交攻勢:軍事行動と並行して、イスラエルは活発な外交を展開した。ヘルツォグ大統領は、カナナスキスに集うG7首脳に対し、「この危機的な瞬間に、明確にイスラエルと共に立つ」よう直接呼びかけた。イスラエル当局者は、「邪悪なジハード主義体制」との交渉はあり得ないと、対話による解決を求める声を一蹴した。ネタニヤフ首相は、緊張緩和交渉はイランが核開発を続けるための時間稼ぎに過ぎないと断じ、断固として拒否した。

イラン:計算された報復と外交的裏ルート

イランの対応は、体制の威信を保つための強硬な報復と、破滅的な全面戦争を回避するための慎重な外交という、二つの側面のバランスを取るものであった。

抑止力と体制維持のバランス:自国領土への屈辱的な攻撃に対し、抑止力を再構築する必要があった。イスラエルの主要都市へのミサイル攻撃は、そのための行動であった。

全面戦争の回避:同時に、イラン指導部は、自国が勝利する見込みの薄い全面戦争は避けたいと考えていた。その意図は、外交的なシグナルに表れていた:

  • 仲介国の活用:イランは、カタール、サウジアラビア、オマーンといったアラブ諸国を仲介役として、米国に対し即時停戦を望むメッセージを送っていたと報じられている。
  • 「攻撃下の交渉」の拒否:イランはまた、「攻撃を受けている間は交渉しない」という立場を明確にした。これは、イスラエルを抑制するよう米国に圧力をかけるための戦術であった。
  • 核の切り札:外交的レバレッジとして、イラン議会は核拡散防止条約(NPT)からの脱退を可能にする法案の準備を開始した。これは、攻撃が続けば、国際的な核不拡散体制そのものを揺るがすという、西側諸国に対する強力な脅しであった。

G7各国の詳細な立場

G7メンバー/機関公式な立場主な懸念事項主要な行動・発言共同声明へのスタンス
米国イランの核武装阻止を最優先。イスラエルの行動を支持しつつ、対話を促す。イランの核兵器保有。イスラエル攻撃を「素晴らしい」と評価。イランに対話を要求。G7共同声明を拒否。拒否
英国緊張緩和を最優先。イスラエルの自衛権を支持。地域紛争の拡大、世界経済への影響。スターマー首相が「緊張緩和のコンセンサス」を強調。支持
フランス外交的解決を追求。緊張緩和を要請。地域の不安定化。マクロン大統領が外交への回帰を促す。支持
ドイツイランの核武装阻止と外交的解決の両立。イランの核兵器開発。メルツ首相が「イランは決して核兵器級物質を保有してはならない」と強調。支持
イタリア欧州諸国と協調し、緊張緩和を支持。地域の安定。欧州首脳らとの非公式会合に参加し、中東情勢を協議。支持
カナダ (議長国)G7の結束を維持しつつ、緊張緩和を模索。G7の分裂、世界の不安定化。カーニー首相がサミットを「歴史の転換点」と位置づけ、結束を呼びかけ。支持 (ただし議長総括を準備)
日本イスラエルの攻撃を批判し、緊張緩和を要請。地域の平和と安定。G7で唯一、イスラエルの攻撃を「容認できず、深く遺憾」と公に批判。支持
欧州連合 (EU)イスラエルの自衛権を認めつつ、外交的解決を強く要請。地域の不安定化、エネルギー安全保障。フォンデアライエン委員長がネタニヤフ首相に対話を促したと発言。支持

第4章:地政学的影響と戦略的展望

カナナスキス・サミットで露呈したG7の亀裂は、単なる一時的な意見の不一致ではない。それは、中東の安全保障、大西洋同盟の将来、そして世界秩序そのものに、長期的かつ深刻な影響を及ぼす構造的な地殻変動の表れである。

大西洋同盟の対イラン政策の将来:深まる亀裂

カナナスキスでの出来事は、中東の安全保障に関する大西洋同盟の協調体制が、歴史的な低水準にあることを示した。地域の平和を揺るがす重大な軍事危機に際して、基本的な原則に関する共同声明すら採択できなかったという事実は、西側諸国が統一された対イラン政策を遂行することが、当面の間、極めて困難であることを示唆している。

この状況は、西側の対イラン戦略が二極化する可能性を高める。一方は、米国が主導する、軍事力と経済制裁による「最大限の圧力」を追求する強硬路線。もう一方は、欧州諸国が主導する、外交と封じ込めを重視する対話路線である。

このような戦略の分岐は、イランにとっては好都合な状況を生み出す。イランは、欧州の安定希求志向に働きかけて外交的な孤立を避けつつ、米国の圧力に抵抗するという、西側諸国の分断を利用した戦略を展開することが可能になる。この亀裂は、西側がイランに対して一貫した圧力をかけることを困難にし、結果的にイランの行動の自由度を高めることになりかねない。

岐路に立つ核問題

今回の軍事衝突と外交的決裂は、包括的共同行動計画(JCPOA)のような、交渉による核問題解決の可能性を著しく損なった。イランが核拡散防止条約(NPT)からの脱退をちらつかせたことは、もはや単なる脅しではなく、国際的な監視の枠組みから完全に離脱するという現実的な選択肢として浮上している。

この危機は、危険なパラドックスを生み出している。すなわち、イランの核武装を阻止するために行われた軍事行動が、皮肉にもイラン指導部を追い詰め、国家存続のための究極的な安全保障として核兵器開発へと突き進ませる最大の動機となり得るのである。

もしイランが核武装への道を突き進めば、それは中東における核のドミノ倒しを引き起こす引き金となりかねない。サウジアラビアやトルコといった地域の主要国が、自国の安全保障のために独自の核開発を検討し始める可能性は否定できず、中東はかつてない核拡散の危機に直面することになる。

ライバル大国が埋める戦略的空白

G7が公然と不一致を露呈したことは、中東における西側諸国の影響力低下を象徴しており、戦略的な空白を生み出している。西側の主要民主主義国家群が、重大な安全保障危機に対して一致団結して行動できないという現実は、同盟国からも敵対国からも、その指導力への信頼を失墜させる。

この空白は、他の大国、特にロシアと中国が、中東地域における影響力を拡大する好機となる。両国は共にイスラエルの攻撃を非難し、独自の立場を明確にした。中国は近年、イランとサウジアラビアの国交正常化を仲介するなど、地域における外交的プレゼンスを高めている。

トランプ大統領自身がG7にロシアと中国を加える可能性に言及したことは、彼が既存の西側中心の国際秩序に固執していないことを示唆しており、G7の求心力低下と、より多極化した世界秩序への移行が加速していることを示している。

前進のための政策提言

この深刻な状況を打開し、さらなる危機を防ぐためには、各当事者が現実的な政策転換を図る必要がある。

G7メンバー国(米国を除く)への提言:

  • 「G6+1」枠組みの確立:米国との戦略的な相違を率直に認め、欧州、日本、カナダが連携し、米国とは別の外交トラックを構築する。この枠組みは、緊張緩和とNPT体制の維持に焦点を当てるべきである。
  • 経済的手段の活用:欧州が持つ経済的影響力(例:INSTEXのような決済メカニズムの活性化、的を絞った制裁緩和)を外交ツールとして活用し、イランに対して米国の「最大限の圧力」とは異なる、具体的なインセンティブを提供する。
  • 「より多くの見返りのための、より多くの要求」に基づく合意の模索:弾道ミサイル問題など、欧州の安全保障上の懸念に対処することと引き換えに、より大幅な経済的・政治的関係正常化を提供する、将来的な核合意に関する非公式な協議を開始する。

米国への提言:

  • 戦略目標の明確化:トランプ政権は、最終目標がイランとの「ディール」なのか、それとも体制崩壊なのかを明確にする必要がある。現在の曖昧な姿勢は、全ての当事者による誤算を招く危険性を孕んでいる。
  • 封じ込め戦略に関する同盟国との再協議:仮にディールがすぐには見込めない場合でも、米国は同盟国と協力し、紛争の即時的なリスクを管理するための統一された封じ込め戦略を構築すべきである。これには、ペルシャ湾での航行の安全確保や、地域の防空体制の強化に関する協調が含まれる。
  • 外交的出口の提供:イランに対し、単なる降伏ではない、信頼に足る外交的な出口を提供する必要がある。オマーンやカタールを介した裏ルートの交渉チャネルに、具体的な提案を伴う権限を与えることが考えられる。

第5章:中東の多極化と新たな地域秩序

イスラエル・イラン危機とG7の機能不全は、中東地域の力学にも根本的な変化をもたらしている。この危機は、中東がもはや単一の覇権国によって管理される地域ではなく、複数の競合する権力中枢がそれぞれの利益に基づいて行動する多極的な世界秩序の典型例となっていることを示している。

地域大国の独立した外交政策

サウジアラビアやUAEのような地域大国は、米国の方針に単純に従うのではなく、独立した外交政策の兆候を見せている。特に注目すべきは、中国の仲介のもと、サウジアラビアがイランとの独自の緊張緩和戦略を追求していることである。

サウジアラビアは、イランの脅威が高まる中でイスラエルとの関係改善も模索しているが、直接戦争に巻き込まれることへの根源的な恐怖から、イスラエルの行動を非難し、対決ではなく対話と緊張緩和を強調するなど、地域の安定を優先する「ヘッジング(リスク回避)」戦略を取っている。

トルコの微妙な立場

トルコは、NATO加盟国としての立場と、地域大国としての独自の利益の間でバランスを取っている。国連では、トルコ代表団が、イスラエルに情報が共有されたという報道を「黒宣伝」として一蹴し、クチェリクのレーダー基地はNATO施設であり、NATO非同盟国であるイスラエルとのデータ共有はあり得ないと否定した。トルコは「イスラエルの中東不安定化作戦に反対し、この点でのイスラエルの行動を支持しない」と主張している。

日本の特殊な立場と可能性

日本は、G7メンバーの中で唯一、イスラエルの攻撃を「容認できず、深く遺憾」と公に批判した。これは、日本が米国ともイランとも対話ができるという世界でも稀なポジションにいることを反映している。

日本にとって、ペルシャ湾、ホルムズ海峡の安定は最優先課題であり、緊張緩和が重要である。専門家は、日本がその強みを活用して対話の接点を提供すべきだと提言している。しかし、これまでのイラン原油輸入の確約など、日本は大きなチャンスを逃したとも指摘されている。

第6章:経済的影響と市場の反応

イスラエル・イラン間の軍事衝突は、即座に世界経済に影響を及ぼした。その影響は、エネルギー市場から金融市場まで多岐にわたっている。

エネルギー市場の動揺

イスラエルによるイラン攻撃の報道を受け、6月13日の金融市場ではWTI原油先物価格が急騰した。これは、以下の懸念を反映している:

  • 中東の緊迫化による原油価格高騰がインフレを再燃させる可能性
  • 原油輸送ルート(特にホルムズ海峡)の遮断リスク
  • サプライチェーンへの深刻な影響

特に、イランのエネルギーインフラへの攻撃は深刻であった。テヘランのシャーラン石油貯蔵施設で大規模な火災が発生し、世界最大のガス田であるサウス・パースでの生産も一部停止した。

金融市場の反応

主要株価指数は日米欧を中心に軒並み下落した。しかし、現時点では戦火が中東全体に拡大する動きは見られず、市場は当初の懸念をやや後退させている。その理由として:

  • ホルムズ海峡の封鎖はイラン自身の原油収入にも影響するため、その可能性は低い
  • 金融市場は、差し迫った世界大戦ではなく、限定的だが深刻な紛争を織り込んでいる
  • 米国の直接的な軍事介入の可能性が低いことが明確になった

長期的な経済的影響

イスラエル一国だけでも、この戦争にかかる費用は1日あたり3億ドルに達すると試算されている。これは、紛争の長期化が両国の経済に与える負担の大きさを示している。

また、G7の機能不全と西側諸国の分裂は、国際経済協調の弱体化を意味し、将来的な経済危機への対応能力に疑問を投げかけている。

結論:歴史の転換点に立つ国際社会

カナナスキスでのG7の失敗は、西側諸国が直面する厳しい現実を突きつけた。それは、共通の価値観だけではもはや統一行動を保証できず、各国の国益と脅威認識の相違が同盟関係を容易に蝕むという現実である。

この危機を乗り越えるためには、表面的な結束を繕うのではなく、戦略的な相違を認識した上で、より現実的で柔軟なアプローチを再構築することが不可欠である。さもなければ、西側諸国の影響力低下と、それに伴う世界的な不安定化は、今後さらに加速していくだろう。

国際社会は今、重要な岐路に立っている。イスラエル・イラン危機は単なる地域紛争ではなく、国際秩序の根幹を揺るがす構造的な変化の表れである。G7の機能不全、大国間競争の激化、核拡散のリスク、そして多極化する世界秩序。これらの課題に対し、国際社会がどのような選択をするかが、今後数十年の世界の安定と繁栄を左右することになるだろう。


参考資料:産経新聞 | 読売新聞 | 共同通信 | 中東調査会 | 丸紅経済研究所 | X (Twitter) | 5ch

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