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核融合で金を生成?米スタートアップの発表が示す現代の錬金術と技術的課題
同社は、核変換プロセスによって3日間で金を作り出し、100万kW級の核融合炉から年間5トンもの金を副次的に生産できると主張しています。この発表は英フィナンシャル・タイムズ(FT)にも報じられ、金の販売という強力な収益源を加えることで、電力価格を低く抑えても採算が取れるようになり、これまで採算が合わなかった市場へも核融合発電が進出できる可能性を秘めているとされています。
専門家からの警鐘
日本経済新聞の編集委員・論説委員である青木慎一氏は、この内容について「専門家による査読を経ておらず信用できる内容ではありません。誇大広告の可能性大です」とコメントしています。オンラインの議論では、生成された金が不安定な放射性同位体である可能性が指摘されています。
核融合とは何か?その仕組みと現在の進展
核融合は、太陽や星が輝く原理と同じく、軽い原子核同士が融合して別の原子核に変わる際に膨大なエネルギーを放出する現象です。このため、「人工太陽」や「地上の太陽」とも喩えられます。
核融合の基本原理と燃料
核融合発電の主な燃料:
- 重水素(D):海水1立方メートルあたり33グラム含有
- 三重水素(T、トリチウム):リチウムから生成(海水中に0.2g/㎥、資源量2330億トン)
1グラムの燃料で石油8トン分に匹敵するエネルギーが得られます(ウラン1gは石油1.8トン分相当)
プラズマの閉じ込め方式
方式 | 特徴 | 代表的な装置 |
---|---|---|
磁場閉じ込め方式 | 強力な磁場でプラズマを炉壁から浮かせて閉じ込める | トカマク型、ヘリカル型 |
慣性閉じ込め方式 | 高出力レーザーで瞬間的に超高温・超高密度状態を作る | NIF(米国) |
エネルギー利得の進展
Q値(エネルギー増倍率)の達成状況
- 2022年12月:米国NIFがレーザー核融合でQ>1を達成(投入エネルギーの約1.5倍)
- ITER計画:2035年運転開始予定、Q=10を目標
- 商業炉の目標:Q=30~50程度が必要
水銀から金を生成するメカニズム
金(原子番号79)を水銀(原子番号80)から生成するには、水銀原子核から陽子を1つ取り除く必要があります。マラソン・フュージョン社の発表では、核融合反応で生じる高エネルギーの中性子を使って、(n,p)反応などを通じて原子番号が変化することを示唆しています。
過去の実験例:CERNの粒子加速器
- 鉛(原子番号82)から金(原子番号79)を生成
- 生成量:1秒間に最大8万9千個、1日で最大3ピコグラム
- 問題点:生成された金は放射能を帯びており、すぐに崩壊
核融合技術の実用化における「3つの壁」
1. 技術的な課題:プラズマ制御の極限的な難しさ
課題 | 詳細 | 必要な条件 |
---|---|---|
プラズマ制御 | 超高速で移動するプラズマの精密制御 | エネルギー閉じ込め時間(τ)の延長 |
材料の耐久性 | 1億5000万度の熱、中性子照射への耐性 | ~900 dpaレベルの照射量に耐える |
不純物制御 | タングステン等の混入による反応停止防止 | 混入許容量10^-4~10^-5以下 |
2. 莫大な建設・開発コスト
コスト概要:
- ITER計画:建設費約2.5兆円(実験炉段階)
- 実用化後の核融合炉:建設コスト約4,900億円(試算)
- 商業化の条件:30年以上の炉寿命、30%以上の熱効率
3. 人材育成の課題
日本における核融合分野の人材不足は深刻で、ITER職員における日本人割合は約3%に留まっています。大学での核融合研究の比重や博士課程進学率の低下傾向も課題となっています。
金の生成におけるコストとリターン
経済性の現実
- 生成コスト:1ドル分の金を作るのに数万ドル
- 年間生産量:5トン(日本の年間金産出量6トンに匹敵)
- 前提条件:100万kW級の核融合炉が必要
もしその規模の核融合炉が安定稼働できるなら、金の生産よりもエネルギー問題の解決の方がはるかに大きな価値を持ちます。
生成された金に含まれる放射性不純物の問題
放射性同位体の問題
天然の水銀には198Hg以外の同位体も含まれており、中性子照射により以下の問題が発生:
- 金195などの放射性同位体が生成(半減期約186日)
- 完全に安全なレベルになるまで13年から18年間の冷却期間が必要
- 商用利用における大きな障壁となる
日本における元素変換技術の研究動向
常温核融合とパラジウム薄膜による元素変換
三菱重工の画期的な実験
核分裂反応も熱核融合反応も加速器も使わずに、パラジウムの薄膜に重水素ガスを通すだけで以下の元素変換を実現:
- セシウム → プラセオジム(プラセオジム磁石の原材料)
- タングステン → プラチナ
- バリウム → サマリウム
- ストロンチウム → モリブデン
ただし、生成量はマイクログラム単位と非常に微量。
その他の研究機関の取り組み
研究機関 | 研究内容 | 成果・目標 |
---|---|---|
トヨタ | 燃料電池車用プラチナの元素変換 | 実験成功、工業化フェーズへ |
理化学研究所 | SPring-8での変換反応計測 | セシウム→プラセオジム変換の観測 |
東北大学 | 凝縮系核反応によるクリーンエネルギー | 核廃棄物除染研究プロジェクト |
東京都市大学 | 原子炉錬金術プロジェクト | 水銀から金生成の実証研究 |
核変換による放射性廃棄物の資源化
日本の放射性廃棄物の現状と目標:
- 現在:約24,800本相当のガラス固化体が存在
- 最終的には40,000本発生すると推定
- 目標:高レベル放射性廃棄物を1/10程度に低減
- LLFPとMAの核変換で放射能を1000年程度で大幅低減可能
有用元素の回収と再利用
高レベル放射性廃棄物中に含まれる有用元素:
- パラジウム:自動車排ガス触媒(クリアランスレベル:1gあたり約3000ベクレル)
- ジルコニウム:原子炉材料、セラミックス
国際的な核融合開発の動向と日本の戦略
国・地域 | 実用化目標 | 特徴 |
---|---|---|
中国 | 2030年代 | 最も積極的な目標設定 |
米国・英国 | 2040年代 | 民間投資80億ドル以上 |
EU・韓国 | 2050年代 | 着実な開発路線 |
日本 | 2030年代実証 2045年発電実証 | フュージョンエネルギー・イノベーション戦略 |
核融合エネルギーのメリットとデメリット
メリット
- 燃料の無尽蔵性:海水から実質無限に供給可能
- 高い安全性:暴走反応なし、放射線リスクは核分裂炉の1/1,000以下
- 環境適合性:CO2排出ゼロ、高レベル放射性廃棄物なし
デメリット・課題
- 技術的難易度:1920年代から研究、約100年経過も未実用化
- 莫大なコスト:ITER建設費2.5兆円、実用炉4,900億円
- トリチウム管理:放射性物質の厳密な管理が必要
結論:現代の錬金術がもたらす可能性と限界
核融合による金生成の発表は非常に目を引くものですが、その実現には核融合発電そのものの実用化という大きな課題が横たわっています。マラソン・フュージョン社の主張する年間5トンの金生産は、技術的には興味深いものの、以下の理由から現実的ではないと考えられます:
- 経済性の問題:1ドルの金を作るのに数万ドルのコスト
- 放射性同位体:18年の冷却期間が必要
- 優先順位:100万kW級核融合炉ならエネルギー問題解決が優先
核融合エネルギーと元素変換は、それぞれが「無限のエネルギー」と「無限の資源」という、人類の根源的な夢を実現しうる可能性を秘めた技術です。これらの技術は、まだ多くの困難な「ハードル」を抱えていますが、以下の分野で着実な進展が見られています:
- 高温プラズマ制御技術の向上
- 極限環境材料の開発
- トリチウム燃料循環システムの確立
- 遠隔保守技術の進化
- 民間投資の加速(80億ドル以上)
- 国際協力の深化
古代の錬金術師たちが夢見た金生成が、現代では水銀から金への核融合錬金術という形で科学的に検討されているように、科学技術の進歩は常に人類の想像力を超えた可能性を提示してきました。核融合エネルギーと元素変換という二つの革新的な技術が連携し、互いの課題を補完し合うことで、持続可能なエネルギーと資源が循環する「輝く未来」が現実のものとなることが期待されます。
これは、単なる技術的な進歩に留まらず、地球環境、経済構造、そして社会全体に計り知れない変革をもたらすでしょう。世界は固唾を飲んで、これらの「現代の錬金術」が本物となる瞬間を見守っています。
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