イーロン・マスク氏が新政党「アメリカ党」を設立宣言。ランプ政権との決裂が招いた米国政治の地殻変動



イーロン・マスク氏が新政党「アメリカ党」を設立宣言 – トランプ政権との決裂が招いた米国政治の地殻変動

2025年7月5日、テスラCEOのイーロン・マスク氏がX(旧Twitter)上で新政党「アメリカ党(The America Party)」の設立を宣言した。「今日、アメリカ党はあなたたちの自由を取り戻すために結成された」という彼の言葉は、米国の二大政党制に対する真っ向からの挑戦状となった。この衝撃的な発表の背景には、かつての盟友ドナルド・トランプ大統領との決定的な決裂があり、米国政治における新たな権力構造の出現を示唆している。

マスク氏の新党設立への道のり – 政治的転換の背景

マスク氏が新党設立を表明した直接のきっかけは、トランプ政権が議会で可決・成立させた大型減税・歳出法案に対する強い不満だった。マスク氏は数週間にわたり、この法案をX上で「胸くそ悪い醜態」「嫌悪すべき怪物」と表現し、激しく批判を展開していた。

マスク氏の批判ポイント
・「すでに膨大な予算赤字をさらに増加させる」
・「議会はアメリカを破産させている」
・「大規模で常軌を逸した、利権漬けの議会歳出法案」
・「賛成票を投じた者たちは恥を知れ。自分たちが間違ったことをしたのを分かっているはずだ」

マスク氏は、この法案に賛成票を投じた議員を中間選挙で落選させるため、政治献金を強化するとも宣言していた。彼は「国を無駄遣いと汚職で破産させる点で、わたしたちは民主主義ではなく一党制に生きている」と述べ、既存の政治体制への根本的な不信感を表明した。

政治的スタンスの変遷

マスク氏の政治的立場は、時とともに大きく変化してきた。以前は民主党支持者として知られ、2008年と2012年の大統領選ではバラク・オバマ氏に、2016年にはヒラリー・クリントン氏に、2020年にはジョー・バイデン氏に投票したことを明らかにしている。

しかし、2024年3月には「数年前までは100%民主党に投票していたが、今は共和党の波が必要だ。さもないと米国は終わりだ」とXに投稿し、政治的転換を明確にした。彼の政治的スタンスは「個人の自由を尊重するリバタリアン」、より具体的には「テクノ・リバタリアン」と評され、テクノロジーによって自由の領域を拡張することを目指している。

この転換の背景には以下の要因があったとされる:

  • 新型コロナウイルス流行時の行動制限への強い反発(カリフォルニア州の工場閉鎖を「独裁的」と批判)
  • 民主党の労働組合への寛容な姿勢への批判
  • 移民政策への不満
  • 自身の子どもがトランスジェンダーであることに関連した民主党左派の考え方への嫌悪感
マスク氏の矛盾する立場
興味深いことに、マスク氏の公的声明やX上のツイートには一貫性が見られない部分も多い。例えば、連邦政府補助金制度を激しく批判しながら、自身が所有する会社は連邦政府の税制優遇措置や他のインセンティブを通じて何十億ドルもの利益を得ている。

トランプ政権との蜜月から決裂へ – 130日間の急転直下

最大の個人献金者から政権幹部へ

マスク氏は、2024年の米大統領選挙においてトランプ氏の最大の個人献金者となり、総額2億7,400万ドル(約411億円)を寄付した。トランプ氏がペンシルベニア州で銃撃された事件の直後である2024年7月13日、マスク氏はXでトランプ氏を公式に支持すると表明し、「トランプ氏はセオドア・ルーズベルト元大統領以降で最も強靭な候補者だ」と称賛した。

当選後、マスク氏はトランプ政権の「政府効率化省」(Department of Government Efficiency, DOGE)の実質的なトップに起用された。DOGEという略称は、柴犬をモチーフにした暗号通貨「ドージコイン(DOGE)」から取られているとされる。

政府効率化省(DOGE)での活動内容
・連邦政府の無駄な支出の削減(年間5,000億ドル、最大2兆ドルの削減目標)
・連邦職員の削減
・規制緩和の推進
・海外援助や奨学金制度のカット
・「ワシントンの官僚を根絶やしにする」という過激な目標

マスク氏は、政府がイノベーションを妨害していると繰り返し主張し、規制緩和が産業発展に不可欠であると考えていた。彼のDOGEでの活動は「国民から恨まれる役割」とも評されたが、マスク氏は「特別政府職員」として130日間の任期を精力的にこなしていた。

決裂の決定的瞬間

しかし、2025年5月下旬から6月にかけて、マスク氏とトランプ氏の関係に決定的な亀裂が入った。直接の引き金となったのは、トランプ政権の大型減税・歳出法案「大きく美しい法案(One Big Beautiful Bill)」だった。

マスク氏は、自身が推進してきた政府効率化の取り組みを損なうとして、この法案に「率直に失望した」と述べた。決定的な理由の一つは、トランプ氏がマスク氏が推薦したNASA長官候補の指名を取り下げたことにあると指摘されている。

トランプ氏側の見解では、マスク氏がEV支援策の削除に腹を立てているため法案を攻撃していると分析。トランプ氏の側近からは「彼が何を言おうと、もはや誰も本気で取り合っていない」との冷ややかな見方も示された。一方で、マスク氏が「もっと多くのものを失う可能性がある」という脅しめいた発言も飛び出した。

大型減税・歳出法案の詳細とその影響

トランプ氏が「大きく美しい法案」と呼ぶこの減税・歳出法案は、以下のような内容を含んでいた:

  • 所得減税の恒久化
  • 飲食店などの労働者のチップや時間外手当への減税
  • 年金の一部への減税
  • 債務上限の4兆ドル引き上げ
  • EV(電気自動車)支援策の段階的廃止

この法案は向こう10年間で財政赤字をさらに拡大させると見込まれており、トランプ氏は独立記念日である7月4日までに成立させたいと考えていた。PR効果も狙った戦略的なタイミングだった。

法案がもたらす経済的影響
・10年間で財政赤字の大幅拡大
・成立しない場合の米国経済のデフォルト(債務不履行)リスク
・米国債の信用失墜の可能性
・基軸通貨としてのドルの地位への影響
・世界経済への激震の懸念

マスク氏は、この法案を「大規模で常軌を逸した、利権漬けの議会歳出法案」と呼び、「賛成票を投じた者たちは恥を知れ。自分たちが間違ったことをしたのを分かっているはずだ」と強く非難した。彼の批判は共和党議員にも影響を与え、法案の修正を迫る動きにつながった。

テスラ株への深刻な影響とビジネスへの打撃

マスク氏とトランプ氏の決裂は、テスラ社の株価に即座に反映された。2025年6月には、以下の要因が重なり、深刻な影響が生じた:

テスラ株価への影響
・1日で18%の大幅下落
・時価総額約22兆円の喪失
・販売台数や収益の減少傾向の継続
・株価の激しい乱高下
・市場の不信感の増大

さらに、欧州で広がる「トランプ支持企業への不買運動」も株価下落の要因となった。一部の投資会社は、マスク氏の新党設立表明を受けて、テスラ株ETFの立ち上げを延期する発表も行った。

米投資会社アゾリア・パートナーズのCEOは、マスク氏が「政府効率化省」トップの座を退いてテスラ経営に注力する方針を示したことで株主から得た信頼を台無しにするものだと強調した。

また、マスク氏の極右との結びつきは、かつてテスラの基盤であった環境意識の高い左派の顧客層からのブランドイメージを傷つけたと指摘されている。最近の調査では、EVメーカーとしてテスラだけが消費者にネガティブな印象を持たれているという結果も出ている。

新党「アメリカ党」設立の詳細と今後の展望

設立宣言までの経緯

マスク氏は、問題の法案が可決されれば翌日に「アメリカ党」を結成すると示唆していた。実際に、彼はX上で新党設立の是非を問うアンケートを実施し、約3分の2が賛成という結果を得た。この結果を受けて、2025年7月5日に正式な設立宣言を行った。

新党の狙いは以下の通りである:

  • 2026年11月の中間選挙を見据えた戦略的な動き
  • トランプ氏や与党共和党への牽制
  • 議席獲得による政治的影響力の確保
  • 既存の二大政党制への挑戦

しかし、2025年7月5日の時点で、マスク氏は新党「アメリカ党」の設立を示す書類を連邦選挙委員会(FEC)に提出しておらず、具体的な組織計画も明らかにしていない。

米国における第三党設立の歴史的困難

米国で第三党が台頭することは、歴史的に極めて困難な道を辿ってきた。その主な要因は以下の通りである:

第三党が直面する構造的障壁
1. 選挙制度の壁
・「勝者総取り」の選挙制度が小政党の票を浪費させる
・小選挙区制により有力候補が2名に絞られる傾向
・大統領選挙は全米を単一選挙区とするため二大政党に有利

2. 法律の壁
・各州での新党の選挙名簿登録条件が非常に煩雑
・過去の得票や相当数の署名が要件
・多くの人手と財力を要する

3. メディアの壁
・第三党候補者は「泡沫候補扱い」される
・マスメディアの候補者討論会にほとんど呼ばれない

4. 政治的な極端化
・政治スペクトラムが極端化
・有権者は主に主要政党に集まる傾向
・中間派や独立勢力の余地が少ない

5. 二大政党の構造的優位性
・緩やかなまとまりの「テント」のような存在
・多様なグループが併存し個別利害を追求可能
・第三党より既存政党内での活動が効果的

過去100年で第三の政党が成功した例は少なく、人民党、革新党、改革党、緑の党などいくつかの第三党が出現したが、ほとんどが短期間で実質を失うか、勢力を著しく弱めている。1992年の大統領選で無所属で出馬したロス・ペロー氏も約5分の1の得票を得ながら、どの州も制することはできなかった。

マスク氏自身も、2025年早期にウィスコンシン州最高裁判所選挙に2,000万ドル以上を投じたが、保守派候補は敗北している。この失敗例は、資金力だけでは政治的成功を買えないことを示している。

デジタルプラットフォームの権力と国家の役割の変容

マスク氏の行動は、現代における巨大デジタルプラットフォームの権力と、それに対する国家の役割の変容という、より大きな問題の一部として捉えられる。

プラットフォーム権力の源泉

プラットフォーム企業の権力は以下の要素から成り立っている:

  • 巨大性・独占性:Facebookの月間アクティブユーザー数30億人超など、国家を超える規模
  • インフラ性・親近性:日常生活に不可欠なサービス提供、身体に最も近いガジェットを通じた浸透
  • 国家に対するデータ的・技術的優位性:Yahoo!が政府にデータ提供する際に条件を付けた事例など
  • ブラックボックス性・判読困難性:一般市民には分からないアルゴリズムによる統治
  • グローバル性・実態把握困難性:OECDがデジタル課税の考え方をまとめるまで課税が困難だった
  • 経済的・政治的影響力:組織的・戦略的なロビイング活動
  • 感情の操作可能性・「部族」動員可能性:アテンション・エコノミーにより原始的感情を揺さぶり「部族」を構築
中世の教会とのアナロジー
現在のプラットフォーム企業と国家の関係は、中世におけるカトリック教会と世俗国家・帝国との関係に似ていると指摘されている:
・教会法における「破門」=デジタルプラットフォームの「アカウント凍結」
・Appleの「Apple税」=カトリック教会の独自課税システム
・アルゴリズムによる「内面」への介入=教皇の「人間の魂の在り方」への権力

「G11」の台頭と新たな権力構造

近年のG7サミット関連イベントでは、日本の大臣たちがアメリカのビッグテックと討論を行ったが、政治的な議論が彼らによってリードされていると指摘されている。G7だけでは意思決定がままならず、Google、Amazon、Meta、Microsoftの4社を加えた「G11」によって実際に政治が動かされているとさえ言われている。

米国で1996年に制定された通信品位法第230条は、プロバイダーやプラットフォーム企業が投稿される情報に対して原則責任を負わないとし、デジタル領域を裁量的に統治する「主権免除」を与え、巨大化を促したと見られている。

アテンション・エコノミーと社会への影響

SNSのビジネスモデルは人々の感情を高ぶらせて滞在時間を増やす「アテンション・エコノミー」であり、誹謗中傷もビジネスにおいてはなくならない構造的問題を抱えている。これにより以下の問題が生じている:

  • 「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」の必然的発生
  • 個人の多様な情報摂取機会が奪われる「人生の機会損失」
  • 偽情報の拡散と「情報的健康」の喪失

プラットフォームはもはや単独の国家だけで統御できる存在ではなく、「リヴァイアサンたちの集合」、つまり国際協調的な枠組みの中で関係を構築していくことが落とし所となると考えられている。

マスク氏の国際的影響力と地政学的インパクト

Starlinkと地政学への介入

マスク氏の影響力は、その技術力に由来しており、国際的な地政学的指導力がますます技術力に左右される現代において、米国にとって重要な資産であると同時に、彼が事実上独立した行動主体として活動している点が、興味深い問題提起をしている。

ウォルター・アイザックソン氏の評伝によると、マスク氏はウクライナによるロシア海軍に対する攻撃を阻止するため、自身の衛星通信サービス「Starlink」のクリミア半島での利用を拒否した。これにより、ウクライナ政府はマスク氏に右往左往させられる状況になったと指摘されている。

中国との複雑な関係

マスク氏と中国の関係は特に注目に値する:

マスク氏の中国関連の言動
・台湾を「米国にとってのハワイ州と同じような存在」と中国が見なしていると発言
・台湾外交部から「台湾は中華人民共和国の一部ではないし、決して売り物ではない!」と強い非難
・X(旧Twitter)は中国に関して使う言葉に気を付ける必要があると発言
・テスラの上海工場が40日間閉鎖された際も中国を公には批判せず
・カリフォルニア州での工場閉鎖は「独裁的」と非難(ダブルスタンダード)
・テスラは2025年に上海で全額出資の子会社設立を認められる

2025年9月には、イスラエル、トルコ、ハンガリーの各首脳との会談も行っており、彼の国際的な影響力の大きさをうかがわせる。これらの会談は、国家首脳同士の会談と同等かそれ以上の注目を集めることがある。

トランプ氏とマスク氏 – 二人の「ディスラプター」の共通点と相違点

トランプ氏とマスク氏は、その交渉術やパーソナリティにおいて多くの共通点があると指摘されている:

  • 「個性が強く」「感情的になる時もある」
  • 「後から修正できるタイプ」
  • 「かなり過激なことを言うけれども、もしかしたら阿吽の呼吸があるかもしれない」
  • SNSを政治的武器として活用
  • 既存の秩序への挑戦者としての立場

しかし、決定的な違いも存在する。トランプ氏が「アメリカ・ファースト」を掲げ、ナショナリストとしての立場を鮮明にするのに対し、マスク氏はテクノ・リバタリアンとして、国境を越えたテクノロジーによる自由の拡大を目指している。

SNS時代の政治闘争 – Xという武器

マスク氏は、買収したX(旧Twitter)を通じて、世界で最も影響力を持つソーシャルメディアプラットフォームの一つを支配している。彼が「誰が発言でき、その声を増幅させられるか、誰がフィルターをかけられたり禁止されたりするかを決める権限」を手にしたことは、政治的に大きな影響力を持つ。

トランプ氏との対立においても、マスク氏は自身のXアカウントを「政治的武器」のように利用し、トランプ氏を猛烈に攻撃した。トランプ氏も自身のSNS「Truth Social」で反撃を試みたが、Xでの大きな地盤を持つマスク氏に太刀打ちできなかった。CNNの報道によると、マスク氏のXでの圧倒的な情報量と「汚い手」も使う積極性には太刀打ちできなかったと分析されている。

「情報的健康」と民主主義の未来

現代社会では情報の偏食が問題となっており、さまざまな情報をバランスよく摂取し、情報の真正性や安全性に意識を向けることで「偽情報等への免疫」を獲得し、幸福を追求できる状態を「情報的健康」と定義し、その実現が重要視されている。

マスク氏は健全な民主制下では誰もが「どんなに愚かなことでも言いたければ」言う権利を持つと信じており、SNS企業は真実を判断できないため表現を規制すべきではないと主張している。しかし、この理念と実際のプラットフォーム運営の間には、しばしば矛盾が生じている。

今後の展望 – 深謀遠慮か即興的パフォーマンスか

マスク氏の今回の行動が、深く熟考された政治的賭けなのか、それとも注目を集めるための即興的なパフォーマンスなのかは、依然として見守られている。彼の言動には、本気なのか冗談なのかわからないところがあり、それがSNSユーザーを惹きつける要因の一つとも言われている。

しかし、いずれにせよ、この行動が2026年の中間選挙やそれ以降のアメリカの政治情勢に大きな影響を与えることは間違いない。米国の二大政党制は150年以上にわたって維持されてきた強固なシステムだが、テクノロジーの発展とともに、従来の政治構造に収まらない新たな権力が生まれている。

国家のデジタルケイパビリティ不足により、プラットフォーマーに依存せざるを得ない状況が生まれており、本来政府が行うべきルールメイキングが実質的に民間企業に委ねられる「アジャイル・ガバナンス」の懸念も生じている。GAFAのようなプラットフォーム企業は、その巨大さから「絶対に潰せない存在」となり、独占禁止法による分割も困難になるという議論も出ている。

結論 – テクノロジー巨人と国家の新たな関係性

マスク氏の「アメリカ党」設立宣言は、単なる一実業家の政治的野心を超えて、21世紀における権力構造の根本的な変化を象徴している。彼の行動は、以下の重要な問いを投げかけている:

  • テクノロジー企業の権力は、どこまで国家権力と拮抗し得るのか
  • プラットフォームによる「統治」は、民主主義にとって脅威なのか、それとも新たな可能性なのか
  • 国際協調の枠組みの中で、非国家主体をどう位置づけるべきか
  • 「情報的健康」を保ちながら、表現の自由を守ることは可能か

マスク氏が今回の行動を通じて、既存の政治システムに対する自身の不満を表明し、新しい政治的勢力を築こうとしていることは明らかだ。その試みが成功するか否かは不透明だが、彼の行動が米国政治、ひいては世界のテクノロジーと政治の関係性に与える影響は計り知れない。

「アメリカ党」が歴史の中に埋もれていく一つのエピソードとなるのか、それとも米国政治の地殻変動の始まりとなるのか。その答えは、今後のマスク氏の行動と、そして何よりもアメリカ国民の選択にかかっている。


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