中国でBL作家200人以上が一斉摘発:表現規制強化の背景にある若者価値観への危機感とは



中国でBL作家200人以上が一斉摘発:表現規制強化の背景にある若者価値観への危機感とは

中国でBL作家200人以上が一斉摘発:表現規制強化の背景にある若者価値観への危機感とは

2025年初頭、中国で前代未聞の大規模摘発が発生しました。中国甘粛省蘭州市の警察当局が、台湾の成人女性向け小説投稿サイト「海棠文学城」でBL(ボーイズラブ)作品を発表していた中国人作家らを全国規模で一斉に摘発したのです。蘭州警察は全国20以上の都市で100名以上を取り調べ、一部は蘭州に移送され、刑事拘留されました。摘発対象は200人を超える作家で、その多くは20代の女子大生や若手社会人でした。

摘発の法的根拠と驚くべき量刑の実態

摘発の法的根拠は、中国刑法第363条に定められた「わいせつ物の制作・販売・拡散(淫穢物品を制作・頒布し営利を図った罪)」です。インターネット上での共有や展示も「頒布」に含まれるとされていますが、今回摘発された作家たちの多くは、作品投稿による利益が数千元(約数万円)程度とごくわずかで、中には完全に無料公開していた者も含まれていました。

実際の判決例を見ると、その厳しさは明らかです。ある著名なBL作家は懲役4年6ヶ月、罰金184万元(約3000万円)を言い渡され、別の作家は資金難のため5年6ヶ月の実刑に直面しています。過去には、BL小説の執筆で懲役10年半という判決を受けた女性作家も存在し、これは以下の犯罪よりも重い刑期となっています:

  • 女児監禁:懲役1年半
  • 強姦:懲役3〜5年
  • 妻殺害:懲役6〜7年

中国国内からの悲痛な声

「小説を書くことの刑罰が強姦や児童人身売買などの犯罪よりも重いのはなぜなのか」

「被告人だけがいて、被害者がいない罪と罰だ」

「人生を小説一つで壊された」

大学合格を取り消され、退学処分となった若者も存在し、創作活動が人生を破壊する結果となっています。

「遠洋捕撈」:台湾サイトも安全ではない新たな域外執法

今回の摘発で特に注目すべきは、台湾のサーバーに投稿された作品にまで中国当局の管轄が及んだことです。これは「遠洋捕撈(遠洋漁業)」と呼ばれる域外執法の一環とされています。かつては、より露骨な作品を書きたい作家は台湾の「海棠文学城」のような海外のプラットフォームで作品を発表し、中国の読者は「ファイアウォールを乗り越える」ことでそれらを読むことができました。しかし、今回の摘発により、この「安全な避難所」はもはや安全ではないことが示されました。

摘発の背景:習近平政権の「強国思想」と若者価値観への危機感

1. 結婚・出産を望まない若者への対応

習近平指導部は2025年1月、ポルノ・不法出版物の一掃に向けた会議を開き、徹底的な取り締まりを要求しました。この背景には、結婚や出産を望まない若者の増加という深刻な社会問題があります。習近平政権は、中華人民共和国建国100周年にあたる2049年までに「社会主義現代化強国」を建設するという長期目標を掲げており、政治、経済、軍事、文化、科学技術など様々な分野での「強国」化を目指しています。

この「強国思想」の下では、党のイデオロギーに沿わない文化や価値観は排除の対象となります。特に、エンターテインメント産業への規制は、超高齢社会による財政破綻を是正するための人口構造に対する施策の一環であるとの見方もあります。

2. 「娘炮」文化への警戒と軍隊強化

BL文化の人気に伴い、男性の「女性化」を懸念する声が当局から上がっています。「娘炮」(女性的な男性)や「耽美」(BL)といった文化を「不良文化」として否定し、若者を体制に従順にさせ、軍隊強化につなげようとする意図があるとされています。共産党系の「光明日報」は、ブロマンスドラマの視聴者に女性が60%〜90%を占めることを分析し、「若者の価値判断や自己形成に重大な悪影響を与える」と警戒しています。

3. 地方政府の財政難という隠れた動機

甘粛省と安徽省の警察が他省の作家を拘束したことについて、学者や弁護士は、財政難に苦しむ中国の地方政府がオンライン作家を新たな「金儲けの道具」としている可能性を指摘しています。これは「省をまたいだ恐喝」と批判され、有料読者を持つ作家が地方政府の新たな収入源となっているとの懸念を招いています。

中国におけるBL文化と規制の歴史

  • 1997年まで:中国共産党政権が同性愛者を犯罪者として扱う
  • 1990年代:BL(耽美)文化が日本から中国に紹介される
  • 2010年代以降:インターネットを通じてBL文化が急速に拡大、「腐女」サブカルコミュニティ形成
  • 2010年代後半:BLドラマが「ブロマンス」として人気を博す(60作以上がドラマ化、最高4000万元で権利売却)
  • 2025年初頭:全国規模の大規模摘発発生

中国における包括的な表現規制の実態

文学作品の規制:「首以下の描写禁止」

中国の主要な女性向け小説サイト「晋江文学城」では、BLジャンル名が「耽美」から「純愛」へと変更されました。性描写については直接的・間接的を問わず厳禁とされており、その規制の厳しさは「首以下の描写禁止」「セックス時は消灯」と揶揄されるほどです。

ネット文学サイトでは、基本的に誰でも作者になれ、作品を発表できます。人気コンテンツは2000章近い超長編小説も存在し、冒頭部分が無料で、続きを読むには課金が必要な連載形式をとります。読者は「投げ銭」と呼ばれるポイントを購入して作家に贈ったり、購読料を支払ったりすることで、作家の収入となります。

映画・ドラマ・アニメの厳格な数量規制

  • 映画:毎年中国で上映できる外国映画は60〜120本に制限
  • 配信サイト:海外コンテンツは前年度購入配信した中国国産コンテンツの30%以内
  • テレビ放送:海外コンテンツは総放送時間の25%以内、その他の海外番組は15%以内
  • ゴールデンタイム(19時〜22時):許可なく海外コンテンツの放送禁止

2021年4月以降、海外アニメのネット配信には当局による検閲が義務付けられ、審査期間が大幅に延長されました。日本のアニメの中国市場での配信数は、2018年をピークに漸減傾向にあります。

ゲーム規制:未成年者は週3時間のみ

2021年8月から、未成年者のオンラインゲーム利用は金曜日、土曜日、日曜日、法定祝日の20時〜21時(週3時間)に限定されました。すべてのユーザーに実名登録とログインが要求され、「版号」と呼ばれる許認可の交付件数も大幅に減少しています。

インターネット統制の仕組み:「ネット警察」と「陽光信用度」

ネット警察による監視体制

公安部内に設置されている「ネット警察(網絡警察)」は、数万人規模の「ネット軍(網軍)」と推定され、個人のホームページの監視や抗議行動に関する報道の禁止などを行っています。2004年には、1日あたり200件もの「大衆行動」(100名以上の参加デモ)が発生していたにもかかわらず、その事実は報じられませんでした。

「陽光信用度」システムによる自己検閲の促進

中国のSNSプラットフォーム(Weibo等)では、「陽光信用度」という独自のアカウント評価システムが導入されています。このシステムは以下の要素で評価されます:

  • 身分認証
  • 内容貢献
  • 社会関係
  • 信用歴史
  • 消費偏好

「陽光信用度」が400点未満になると、コメント欄での画像アップロード制限や投稿のタイムライン出現頻度低下といった不便が生じます。これにより、ユーザーは自主的に「信用度」を上げる努力を促され、結果的に自己検閲を行うようになります。

データ越境移転規制

100万人以上の個人情報を保有するネットプラットフォーム運営者が国外で上場する際には、国家安全審査の申請が必要となります。これは、コアデータ、重要データ、大量の個人情報が窃取、漏洩、毀損、不法利用、違法な越境移転されるリスクを懸念したものです。

中国の若者の現状:「躺平」と諦めムード

中国の若者層は、世代ごとに異なる課題に直面しています:

  • 80後(バーリンホウ)・90後(ジューリンホウ):一人っ子政策の影響を受け、急速な発展を遂げる中国を見て育ち、国際的で柔軟な思考を持つ
  • 00後(2000年代生まれ):高騰する住宅価格、物価の急上昇、巨大な格差、激化する就職競争(「卒業即失業」)に直面

これらの問題に新型コロナウイルス流行による経済減速が拍車をかけ、「躺平(寝そべり族)」や「世上無難事,只要肯放棄(世の中に難しいことなどない、ただ諦めさえすれば)」といった諦めムードが広がっています。

抵抗の動き:マイクロブログ女権運動

厳しい統制下でも、「マイクロブログ女権」と呼ばれるオンラインフェミニズム運動が台頭しています。彼女たちは家父長制の社会制度の解体という「解放のための政治」を目標に掲げ、困難な状況下でも活動を続けています。

江山嬌プロジェクトへの抵抗

2025年2月17日、中国共青団が運営開始を宣言した女性ヴィジュアルアイドル「江山嬌」のプロジェクトは、公開当日に取り消されました。一般女性ユーザーの「江山嬌、貴女に生理がきているの?」という投稿に対し、深夜にもかかわらず以下のような反応が殺到しました:

  • リポスト:11.2万件
  • コメント:1.8万件
  • いいね:82.6万件

これは女性たちの社会的な生きづらさや苦痛を可視化する成功例となりました。

しかし、彼女たちは反フェミニズムの男性ユーザーからのネット暴力にも直面しています。個人情報の漏洩、ポルノ映像への編集、住所への嫌がらせなど、深刻な被害を受けながらも、10個以上の予備アカウントを育てるなど、創造的な方法で抵抗を続けています。

日本のインターネット上の反応:表現の自由への新たな認識

表現の自由への感謝と懸念

日本のネットユーザーからの主な声

  • 「日本に生まれてよかった」
  • 「表現の自由のない国に未来などない」
  • 「表現規制が文化の発展を阻害する」
  • 「好きなものを書く自由、読む自由がとても貴重なものだと改めて認識した」
  • 「日本でも同様の規制が始まる可能性はあるのか?」
  • 「今回の事件をきっかけに日本で表現の自由について改めて考えた」

摘発理由への疑問

中国当局が指摘する「結婚や出産を望まない若者の出現」とBL作品の関連性については、多くの疑問が寄せられています:

  • 「少子化とBLの流行は全く関係ないと思う」
  • 「BLなんてあくまで他人事の恋愛をファンタジーだと思って楽しむもの」
  • 「むしろ、アイドルや二次元の異性にのめり込む方が、婚期を逃す原因になるのでは?」

政治的意図への憶測

摘発対象が台湾のサイトであったことから、以下のような政治的な見方も示されています:

  • BL作品の内容そのものよりも、台湾との接触を持つ作家をスパイまたは予備軍として危険視している可能性
  • 「他国のサイトで発表すればクリアという方便は許さない」という中国当局の姿勢
  • 「新サイバー犯罪条約」といった国際的な枠組みとの関連性

北京の法学教授も疑問視:削除された批判

北京の清華大学の法学教授、ラオ・ドンヤン氏は、法執行機関が個人の権利保護よりも「社会慣習と性道徳の維持」に重点を置いているように見えると疑問を呈する投稿をソーシャルメディアに行いました。しかし、この投稿は後に削除されました。これは、学術的な批判であっても、当局に都合の悪い意見は容認されない現状を示しています。

今後の展望:文化交流への影響と表現の自由の行方

今回の事件は、単なる一過性の取り締まりではなく、中国における表現規制のさらなる強化を示唆しています。中国は日本のアニメやマンガの重要な市場であり、このような規制強化が続けば、文化産業全体への影響も懸念されます。

特に、日本のコンテンツの中国市場での配信数は2018年をピークに漸減傾向にあり、以下の要因が影響しています:

  • 中国国産アニメの台頭
  • 新型コロナウイルスの影響
  • アニメに関する規制・検閲の強化
  • 不安定な日中関係
「表現の自由がいかに脆く、同時にいかに大切なものか」を、今回の事件は私たちに教えている

中国では、貧困、労働搾取、不公正な司法、言論の自由の制限、大学入学・就職での差別といった問題により、人々は物理的・心理的に大きな圧力を感じています。政府は「監視社会」システムを強化し、国民の思想や行動を全方位的に制限しているため、自分の運命をコントロールできない感覚や個人の尊厳が踏みにじられる経験が蔓延しています。このような「構造的暴力」の状況下で、「政治的うつ病」の症状が深刻化するケースも少なくないと指摘されています。

中国におけるBL作家の摘発は、表現の自由、若者の価値観、そして国家の統制という複雑な問題が絡み合う現代中国社会の縮図と言えるでしょう。この事件が投げかける問いは、中国だけでなく、表現の自由を享受する私たちにとっても、決して他人事ではないのかもしれません。



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