目次
地方創生2.0が拓く日本の未来 – 骨太の方針2025に見る新たな国土改造戦略
地方創生2.0とは – 「令和の日本列島改造」の全貌
地方創生2.0は、石破総理が掲げる「令和の日本列島改造」の中核をなす政策です。2014年から始まった「まち・ひと・しごと創生」から10年が経過し、残念ながら東京一極集中の是正には至っていない現状を踏まえ、より戦略的で実効性のあるアプローチへと進化を遂げました。
今後、人口減少のペースが緩まるとしても、当面は人口・生産年齢人口が減少するという事態を正面から受け止めた上で、人口規模が縮小しても経済成長し、社会を機能させる適応策を講じていく。「人を大事にする地域」「楽しく働き、楽しく暮らせる地域」を創り、「若者・女性にも選ばれる地方(=楽しい地方)」を実現する。
従来の地方創生が補助金配分を中心とした支援策に偏りがちだったのに対し、地方創生2.0では産業競争力の強化、デジタル技術の活用、広域連携など、より包括的なアプローチを採用しています。
地方創生1.0から2.0への進化
項目 | 地方創生1.0(2014年~) | 地方創生2.0(2025年~) |
---|---|---|
基本アプローチ | 補助金中心の支援 | 産業競争力強化・高付加価値化 |
対象範囲 | 個別自治体への対応 | 広域リージョン連携の推進 |
人口政策 | 人口増加を前提とした施策 | 人口減少への適応策 |
方法論 | 画一的なアプローチ | 地域特性に応じた「新結合」 |
目標設定 | 定性的・抽象的 | 定量的KPIの明確化 |
骨太の方針2025における位置づけと背景
骨太の方針2025では、地方創生2.0を「政府全体で力強く進めていく」と明記され、10年後に目指す姿(社会像)として定量的な目標を含む基本構想が示されました。これは、地方創生が単なる地域政策ではなく、日本の持続可能な発展のための国家戦略として位置づけられたことを意味します。
・東京圏への転入超過は依然として続いている
・地方の若者、特に女性の流出が顕著
・地域間の賃金格差が解消されていない
・人口減少により地域サービスの維持が困難に
若者や女性が地方を離れる理由
内閣府が実施した「若者や女性にも選ばれる地域の特性に関する特別調査」では、全国約20,000人を対象に、転入超過自治体140と転出超過自治体140を比較分析しました。その結果、以下のような要因が明らかになりました:
経済財政諮問会議での議論 – 有識者の提言
2025年3月24日に開催された第3回経済財政諮問会議では、民間議員から地方創生2.0に関する重要な提言がなされました。
十倉雅和議員(経団連会長)の提言
十倉議員は、広域連携による産業配置の最適化を提案し、「新たな道州圏域構想」の必要性を強調しました。
中空麻奈議員の提言 – 経済特区構想
中空議員は、地域ごとに特色のある経済特区を設定することを提案:
- 日本版シリコンバレー
- アニメーター集積地域
- 宇宙・バイオ技術特化地域
- グリーン関連技術特区
- 資産運用特区
- 医療特化地域(心臓医療、血液医療など)
新浪剛史議員の提言 – TSMC効果の横展開
新浪議員は、以下の点を強調しました:
- 電源立地地域と電力需要地域の一致による雇用創出
- AI・データセンターの供給と需要の両輪での投資
- 生成AI活用による中小企業の生産性向上(サントリーでは50歳以上の社員の85%が業務で生成AI使用)
- ヘルスケア・トランスフォーメーション(HX)の推進
柳川範之議員の提言 – 東京と地方のウィンウィン
地方創生2.0の5本の柱 – 詳細解説
1安心して働き、暮らせる地方の生活環境の創生
【目標】若者や女性にも選ばれる地方の実現に向け、東京圏から地方への若者の流れを倍増させる
具体的な数値目標:
- 買物環境の維持・向上の取組を行う市町村:10割達成
- 医療・介護サービスの維持・確保の取組を行う地方公共団体:10割達成
- 「交通空白」地区において解消の取組を行う市町村:10割達成
- 副業・兼業が可能な職場環境を整備した事業者数:10割達成
主要施策:
- 地域の働き方・職場改革を起点とした社会変革
- 地域に愛着を持ち地域で活躍する人材の育成
- 持続可能な地域のサービス拠点づくり
- 全世代・全員活躍型「生涯活躍のまち」(日本版CCRC)2.0の推進
- 地域交通のリ・デザインの全面展開
- 地方公共団体における会計年度任用職員の処遇改善や能力実証を経た常勤化
2稼ぐ力を高め、付加価値創出型の新しい地方経済の創生
~地方イノベーション創生構想~
【目標】地域資源を活用した高付加価値型の地方経済の実現
具体的な数値目標:
- 東京圏以外の道府県の就業者1人当たり年間付加価値労働生産性を東京圏と同水準に
- 農林水産物・食品の輸出額とインバウンドによる食関連消費額の合計:3倍
- スタートアップ企業など価値創造企業がある市町村:10割達成
「新結合」による高付加価値化:
地方の経済・産業を創生するため、省庁の縦割りを排し、様々な「新結合」を生み出します。
「新結合」の3つのアプローチ
1. 施策の新結合 – 地域資源の高付加価値化
異なる産業・分野を組み合わせることで、新たな価値を創出します:
- 農林水産業 × 文化芸術 × デジタル技術
- 伝統工芸 × NFT・Web3.0 × 海外展開
- 観光資源 × スポーツ × コンテンツ産業
- 地域脱炭素 × 再生可能エネルギー × 環境教育
2. 主体の新結合 – 産官学金労言士の連携
主体 | 具体例 |
---|---|
産(産業界) | 農林水産事業者、中堅・中小企業、スタートアップ、経済団体 |
官(行政) | 国、都道府県、市町村、自治体の広域連携 |
学(教育機関) | 地方大学、高専、専門高校、高校、小中学校 |
金(金融機関) | 地方銀行、信用金庫、信用組合 |
労(労働団体) | 労働組合、労働者 |
言(報道機関) | 報道機関、出版社、ジャーナリスト、YouTuber等インフルエンサー |
士/師(専門職) | 医療機関、介護関係、士業 |
3. 人材の新結合 – 多様な働き方と人材活用
- 副業・兼業の活用による専門人材のシェア
- 関係人口の取り込みによる外部人材の活用
- デジタル人材ハブによる適切な人材マッチング
- 都市と地方の人材交流による知識・スキルの移転
3人や企業の地方分散
~産官学の地方移転、都市と地方の交流等による創生~
【目標】都市と地方の新たな結びつきを創出し、人の流れを変革
具体的な数値目標:
- 関係人口:実人数1,000万人、延べ人数1億人
- ふるさと住民登録制度の創設による関係人口の可視化
主要施策:
- 政府関係機関の地方移転の推進
- 企業の本社機能・研究開発拠点の地方分散
- 大学のサテライトキャンパス設置促進
- 二地域居住等の推進(テレワーク環境整備)
- 若者や女性の地域交流促進プログラム
- ふるさと納税の戦略的活用
住所地以外の地域に継続的に関わる方々を登録し、地域の担い手確保や地域経済の活性化等につなげる制度。誰もが簡単・簡便に登録でき、自治体の既存の取組を緩やかに包含できる、柔軟かつ間口の広い仕組みを目指します。
4新時代のインフラ整備とAI・デジタルなどの新技術の徹底活用
【目標】GX・DXが進展する新時代への対応を加速
具体的な数値目標:
- AIやデジタルを活用した地域課題解決の取組を行う市町村:10割達成
- デジタルライフラインの全国整備:100%カバー
重点施策:
- ワット・ビット連携によるGX産業立地の推進
- データセンターの地方分散
- 再生可能エネルギーとデジタル産業の融合
- 農林水産業のスマート化
- 自動走行トラクター
- ドローンによる農薬散布
- AI活用による収穫予測
- 新技術の社会実装
- 自動運転(レベル4)の地域限定実装
- ドローン配送の実用化
- オンライン診療・オンデマンド交通
- デジタル基盤整備
- 5G・光ファイバの全国展開
- 日本周回の海底ケーブル(デジタル田園都市スーパーハイウェイ)
- オール光ネットワークの実現
5広域リージョン連携
【目標】都道府県域を超えた広域的な連携により、面的な政策展開を実現
基本方針:
地域における経済活動や人々の生活は、都道府県域、市町村域に限定されるものではなく、地域経済の成長につながる施策が面的に展開されていく状態を創出します。
具体的な取組例:
- 九州MaaS(九州地域戦略会議)
- 官民・広域連携で九州全体の地域交通のリ・デザイン
- 関西広域連合の広域観光促進
- 民間企業や経済団体とともに設立した協議会での観光促進
- 道州制への発展可能性
- 十倉議員提案の「新たな道州圏域構想」
- 行政効率の維持と産業配置の最適化
推進体制:
- 自治体と企業、大学、研究機関等の多様な主体が連携
- 都道府県域を超えて取組を進めることを宣言した広域リージョンへの支援
- スーパーシティ、デジタル田園健康特区等の成果の普遍化
具体的な数値目標とKPI – 42の指標で進捗管理
地方創生2.0では、デジタル田園都市国家構想総合戦略において、42のKPIが設定されています。主要なものを以下に示します:
分野 | KPI項目 | 目標値 |
---|---|---|
デジタル実装 | デジタル実装に取り組む地方公共団体 | 全自治体 |
光ファイバの世帯カバー率 | 99.9%以上 | |
5Gの人口カバー率 | 95%以上 | |
地方データセンター拠点の整備 | 十数カ所程度 | |
人の流れ | 地方と東京圏との転入・転出 | 均衡→転出倍増 |
サテライトオフィス等を設置した地方公共団体 | 1,000団体 | |
関係人口の創出・拡大に取り組む地方公共団体 | 1,000団体 | |
産業・雇用 | 地域経済を牽引する中小・中堅企業の生産性の伸び | 年率3%以上 |
開業率 | 米国・英国レベル(10%台) | |
65~69歳の就業率 | 55% | |
農林水産業 | 農業の担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践 | ほぼ100% |
デジタル林業戦略拠点構築に向けた取組を実施する都道府県 | 全都道府県 | |
漁獲情報を電子的に収集する体制を整備した漁協・市場 | 400市場以上 |
人口減少下での労働需給見通し
地方創生2.0の背景には、深刻な人口減少と労働力不足があります。内閣府の推計によると、2040年の労働需給には以下のような特徴があります:
・大学・院卒の理系人材で100万人以上の不足
・短大・高専等、高卒の人材も100万人弱の不足
・一方、大学文系人材は約30万人の余剰が生じる可能性
・生産年齢人口は2025年から2040年にかけて約1,100万人減少
総務省の地方創生2.0への取組
村上総務大臣は、経済財政諮問会議において、総務省として以下の取組を推進することを表明しました:
1. デジタル人材の確保・育成
- 都道府県人材プールの充実(市町村支援のための伴走支援と財政措置を拡充)
- デジタル人材ハブの構築(目的に応じた適切な制度や人材のマッチング支援)
- 実践的サイバー防御演習(CYDER)の拡充(地域のセキュリティ人材育成)
2. デジタルインフラの整備
- AI等を活用した地域課題解決クラウド型サービスの創出・横展開
- ワット・ビット連携によるデータセンターの地方分散
- 次世代情報通信基盤(オール光ネットワーク)の実現
- 衛星通信、HAPS等の非地上系ネットワーク(NTN)の展開支援
- デジタル活用推進事業債を活用した地域社会DXの推進
3. 関係人口の拡大 – ふるさと住民登録制度
・誰もが簡単・簡便に登録できる仕組み
・自治体の既存の取組を緩やかに包含
・柔軟かつ間口の広い制度設計
・地域の担い手確保と地域経済活性化を目指す
財政の持続可能性と地方創生
地方創生2.0を推進する上で、財政の持続可能性は重要な課題です。社会保障給付費の推移を見ると、2018年度の121.3兆円から2040年度には188.2~190.0兆円に増加する見込みです。
民間議員からは、「債務残高の対GDP比の引き下げに向け、ワイズスペンディングの徹底を図るなど、全般的な歳入・歳出改革を進めるべき」との提言がなされています。
成功事例と今後の展開
TSMC熊本工場の波及効果
熊本へのTSMC進出は、地方創生の成功モデルとして注目されています:
・地域の賃金上昇(周辺企業も含む)
・土地価格の上昇
・物流の活性化
・飲食店等サービス業の活況
・若者の地元定着率向上
今後期待される展開
地方創生2.0基本構想の策定(今後10年間集中的に取り組む具体策)
関係省庁会議による新結合プロジェクトの具体化
広域リージョン連携の本格展開、デジタルライフライン100%整備
中間評価と施策の見直し
東京圏からの転出倍増、関係人口1,000万人達成目標
地方創生2.0の課題と対応策
1. 地域の多様性への対応
対応策:
- 基礎自治体レベルでの取組支援
- 地方創生伴走支援制度による中小規模自治体の支援
- 成功事例の横展開ではなく、地域特性に応じた柔軟な施策展開
2. 効果検証と「見える化」
民間議員ペーパーでは、以下の提言がなされています:
・個別事業の直接的なアウトプットの検証にとどまらず、最終アウトカムに結びついた政策効果の把握
・都道府県による市区町村の取組の一覧性のある「見える化」
・国による都道府県の取組の「見える化」と外部有識者による比較検証
3. 東京と地方の関係性の再定義
従来の「東京 vs 地方」という二項対立から、「東京と地方のウィンウィン」へと発想を転換:
- 関係人口による都市と地方の人材シェア
- 二地域居住・多地域居住の推進
- デジタル技術による場所にとらわれない働き方
- 都市の需要と地方の供給のマッチング
まとめ – 地方創生2.0が目指す未来
地方創生2.0は、人口減少という避けられない現実に対し、前向きに適応していく新たな国土政策の形を示しています。その核心は以下の点にあります:
1. 量から質への転換:人口増加ではなく、生産性と生活の質の向上
2. 補助金から産業創出へ:持続可能な地域経済の構築
3. 個別対応から広域連携へ:スケールメリットを活かした効率的な施策展開
4. 画一的から多様性重視へ:地域特性に応じた「新結合」の創出
5. 対立から共生へ:東京と地方のウィンウィンな関係構築
地方創生2.0の成功は、日本全体の持続可能な発展に直結します。各地域が主体的に考え、産官学金労言士等の多様なステークホルダーを巻き込み、それぞれの地域の特性や資源、課題に応じて柔軟に取り組むことが求められています。
今後、基本構想の具体化と実施に向けて、国・地方・民間が一体となった取組が本格化します。若者や女性に選ばれる魅力的な地方を実現し、日本全体の活力向上につなげていけるか、その成否は今後10年間の取組にかかっています。
コメントを残す