トランプ大統領の関税示唆で浮き彫りになった日本のコメ問題|令和の米騒動から見る農業政策の転換点



目次

トランプ大統領の関税示唆で浮き彫りになった日本のコメ問題|令和の米騒動から見る農業政策の転換点

ドナルド・トランプ米大統領が、日本が米国産コメの輸入に消極的であるとして、日本に新たな関税を課す可能性を示唆しました。ソーシャルメディアへの投稿で、「日本はわれわれからコメを買おうとしない。それなのに日本は深刻なコメ不足になっている」と主張し、米国が日本が「これからも長い間、貿易相手国であることを望んでいる」と述べています。

この発言は、日本で実際に起きている「令和の米騒動」と呼ばれる深刻なコメ不足を背景にしています。しかし、問題の本質は単なる輸入制限ではなく、50年以上続く日本の農業政策の構造的な課題にあります。本記事では、トランプ政権の通商政策が日本のコメ市場に与える影響と、日本の農業政策の根本的な問題について詳しく解説します。

トランプ大統領の「700%関税」発言と日米貿易交渉の実態

2025年4月2日、トランプ大統領は「日本はコメに700%の関税をかけている」と発言しました。この数字は完全に正確ではありませんが、日本のコメ輸入制度の一部を指していると考えられます。

日本のコメ輸入制度の二層構造

日本のコメ輸入制度は、以下の二層構造になっています:

1. ミニマム・アクセス(MA)米
WTO協定に基づき、日本は年間77万トンのミニマム・アクセス米を国家貿易で輸入しています。これには関税は無税です。MA米は主に加工用、飼料用、援助用として使用され、日本の消費者への直接的なアクセスは制限されています。

2. 枠外輸入の高関税
MA米以外のコメ輸入(枠外輸入)には、1キログラムあたり341円の関税が課されています。この税率は商品価格に対して約778%に相当し、輸入禁止的な高い水準です。トランプ大統領の「700%」発言は、この枠外関税を指していると推測されます。

日米貿易交渉の現状と要人の動向

米国家経済会議(NEC)のケビン・ハセット委員長は、トランプ大統領の投稿について「何も終わっていない。協議は最後まで続くだろう」と述べ、交渉が継続中であることを示唆しています。

ハセット氏は、トランプ政権1期目では経済諮問委員会(CEA)委員長として減税政策の設計と実現に重要な役割を果たした経済学者です。NEC委員長として、減税措置の延長・改善、米国を利用してきた国々との公正な貿易の確保、米国民の繁栄確保と同時に同盟国との経済関係強化に注力すると述べています。トランプ氏の通商政策を擁護しつつも、関税が経済成長を弱める可能性を認めるなど、他の候補に比べて穏健派とみられています。

一方、米国通商代表部(USTR)のジェミソン・グリア代表は、第1次トランプ政権で中国への追加関税賦課や北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉で重要な役割を果たした対中強硬派として知られています。グリア氏は、貿易赤字の解消、米国の製造業、農業、サービス業の保護、輸出市場の開放に注力するとされており、中国との恒久的正常貿易関係(PNTR)撤回を提言しています。

「令和の米騒動」の実態と背景

2024年から2025年にかけて、日本では「令和の米騒動」と呼ばれる深刻なコメ不足が発生しています。2024年4月20日までの1週間では、スーパーでのコメの平均価格が5キロあたり税込みで4,220円を記録し、これは前年の2倍に相当する異常事態でした。

農水省の矛盾した説明と「所在不明」の39万トン

農林水産省は、食料・農業・農村政策審議会の食糧部会において、以下の矛盾した説明を行いました:

  • 2024年9月末時点での集荷業者の集荷量が前年比17万トン減
  • 同年12月末には20.6万トン減(前年比9%近く減少)
  • しかし、2024年産米の生産量は逆に18万トン増加したと主張

この説明は、生産量の増加分を上回る量を集荷できていないという矛盾を抱えており、差し引き39万トン、すなわち茶碗60億杯分もの米が「所在不明」であることになります。部会に出席した卸売業者からは、「生産量が減っているのではないか」という指摘があり、これに同調する参加者も複数いました。

農水省は一貫して、生産量不足ではなく流通に滞りが起きていることが原因だとし、卸売業者に責任を転嫁しています。「政策と見立ては間違っておらず我々は悪くない」という立場を崩していません。

コメ価格高騰の複合的要因

コメ価格高騰の直接的な要因として、以下が挙げられます:

1. 天候不順と品質低下
2023年産米は猛暑により1等米比率が大幅に減少し、流通業者が割れたコメなどを流通から排除したことも影響しました。

2. 需要の急増
・コロナ禍からの外食産業の需要回復(2010年以降初の需要増加)
・インバウンド需要による11万トン増(ただし全体の0.5%程度)
・新型コロナウイルス感染症からの人流回復

3. 供給の非弾力性
コメなどの穀物は基本的に年に一作であり、需要が急増しても生産をすぐに増やすことはできません。生産が対応できるのは早くても翌年9月以降となります。

4. 流通構造の問題
コメの価格は公的な市場(卸売市場)が存在しないため、JA農協(全農)と特定の卸売業者が個別に決める「相対価格」が中心となっています。これにより、価格形成の透明性が欠如しています。

業界関係者は、2025年の夏にも前年のようなコメ不足が起きる可能性が高いと考えています。

50年続く減反政策の呪縛とJA農協の役割

「令和の米騒動」の根本的な原因は、50年以上続く「減反政策」にあると専門家は指摘しています。

減反政策の実態と問題点

減反政策は、コメの生産を減らすことで市場価格を高く保つことを目的としています。農水省は毎年需要が10万トン減るという前提で需給計画を立て、米価下落を避けるために生産抑制を採用してきました。

この政策は2018年に廃止されたとされていますが、実際には現在まで連綿と続いています。「令和の米騒動」は、農水省が需要の増加を読み違え、生産調整がうまくいかずに供給が需要に追いつかなかったことで引き起こされました。

柳田國男や河上肇など、かつて農民の貧困救済に尽力した人々は、農産物価格を人為的に高騰させることを不健全な思想とし、規模拡大や生産性向上によるコスト削減を主張していました。しかし、現在の日本の農業政策は、彼らの理想とは逆の方向に進んでいます。

JA農協の経済的利害と政治力

減反政策が続く背景には、JA農協の存在があります:

  • 減反を止めて米価が下がると、農協(JA)の販売手数料収入が減少
  • 零細兼業農家が農業をやめると、JAバンクの預金も減少
  • 構造改革によって農家戸数が減少すれば、JA農協の政治的基盤が失われる

JA農協は、農家の利益よりも自らの経済活動の利益を優先し、高米価・減反政策に固執しているという批判があります。「世界では日本ほど減反を長く続けている国は他にない」と認識されており、減反するよりも多く作って輸出した方がメリットが大きいとされています。

国際比較で見る日本の農業保護の特異性

日本の農業保護は、欧米が農家所得保護のために直接支払いに転換しているのに対し、高い農産物価格によるものが7〜8割を占めています。これは輸入品にも関税をかけることで消費者に高い食品を買わせる結果につながっています。

米国やEUはすでに農家所得保護の手段を、高い農産物価格ではなく政府からの直接支払いに転換しています。減反を完全に廃止し、直接支払いに移行することで、米価を下げつつ主業農家の所得を維持し、食料自給率を向上させるという提言もあります。

政府の対応:備蓄米放出と輸入米の急増

備蓄米放出への方針転換

米価格高騰が続く事態を重く見た政府は、方針を転換しました:

2024年10月時点:当時の坂本農林水産大臣が米価下落を懸念し、備蓄米を放出しない方針を表明

2025年1月31日:政府備蓄米の運用を見直し、米の流通が滞っている場合にも放出できるようルールを変更。「1年以内に買い戻すことを条件に卸業者へ売り渡す」という、実質的な貸付けとして運用可能に

2025年3月3日:農水省が備蓄米放出の入札公告を発表。大手集荷業者を対象に3月10日から12日に入札を実施、計約21万トンのうち初回約15万トンが対象

2025年3月14日:約15万トンのうち約14万1,700トンが落札され、平均落札価格は税抜60キロあたり2万1,217円

政府は、国民の主食である米の関税削減・撤廃の除外を獲得する観点も踏まえ、政府備蓄米の保管期間を原則5年から3年程度に短縮し、国別枠の輸入量に相当する国産米を政府が備蓄米として買い入れることで、より鮮度の高い備蓄米を供給する方針を打ち出しています。

民間企業による輸入米の急増

国産米の価格高騰を受け、民間企業による輸入米が急増しています:

  • 2025年2月だけで523トン(2024年度の年間輸入量368トンを上回る)
  • 2024年4月から2025年2月までの10か月間で991トン(前年度1年間の2.6倍以上)

これは、1キログラムあたり341円の高関税がかかるにもかかわらず、外食産業などが関税を支払っても輸入米の方が経済的と判断しているためです。輸入米の急増は、短期的には価格高騰の緩和につながりますが、長期的には日本の食料安全保障や米農家の経営に影響を与える可能性があります。

日米貿易交渉におけるコメの位置づけ

トランプ政権の「ディール重視」通商政策

トランプ政権の通商政策は以下の特徴を持っています:

  • 「米国第一」を掲げ、貿易赤字の解消を最優先
  • 意図的に不確実性を高めることで相手国からの譲歩を引き出す戦略
  • 特定の二国間の貿易赤字をゼロにすることを目指す
  • 貿易赤字の解消に必要な関税率の半分を相手国に課す「相互関税」を検討

米国通商代表部(USTR)は、2024年3月の報告書で、日本には自動車などと共に非関税障壁が存在するとまとめています。コメの流通の仕組みや自動車の安全基準などを「非関税障壁」と問題視していることが背景にあります。

日本政府の対応と譲歩

日本政府は、トランプ政権の真の狙いが米国内への生産回帰、雇用増、海外からの投資増、海外への輸出増にあるとみています。これを受けて、日本は以下の譲歩を行っています:

  • 対米投資を1兆ドルまで引き上げ
  • 米国産の液化天然ガス(LNG)の輸入増加を表明
  • 鉄鋼・アルミニウム、自動車への関税適用除外を申し入れ

コメに関しては、日米交渉の最優先課題である自動車の追加関税を見直してもらうため、日本政府は無関税で7万トン前後の米国産コメ輸入拡大が検討されていると報じられました。

政治的な反発と食料安全保障への懸念

しかし、これに対して江藤拓前農林水産大臣は、「主食である自給可能なコメを海外に大量に頼ると、日本のコメの国内生産が大幅に減少してしまう。それが国益なのか」と会見で述べ、コメ輸入拡大に否定的な見解を示しました。

コメ農家は自民党の強力な支持基盤である農協(JA)の背後にあり、夏の参議院選挙を控えて与党側はJAを刺激することを避けたいという事情もあります。

石破茂首相は、トランプ大統領からの関税措置について「極めて残念であり、不本意」と表明し、日米両国の経済関係だけでなく世界経済や多角的貿易体制全体に大きな影響を及ぼすとし、WTO協定や日米貿易協定との整合性に深刻な懸念を示しています。首相は今後も米国に対し措置の見直しを強く求め、必要であれば自身がトランプ大統領に直接働きかけることも躊躇しないと述べています。

過去の農産物摩擦の教訓

過去の日米貿易交渉では、繊維や家電の次に牛肉・オレンジ交渉が活発に行われました。しかし、重要な教訓があります:

日本が輸入枠を解放しても、実際にはオーストラリア産牛肉が多く流入し、米国産が期待したほどのシェアを獲得できないという矛盾が生じました。これは、米国政府が市場開放を目的化し、「米国産を買わせる」というアフターフォローを怠ってきた歴史があると指摘されています。

コメについても同様の構図となる可能性が懸念されます。米国にとって日本はメキシコ、カナダに次ぐ第3番目の農産物輸出先であり、日本のコメ輸入全体の約45%が米国産です。しかし、単に市場を開放しても、消費者の選好や流通の実態を考慮しなければ、期待した成果は得られない可能性があります。

日本産米の国際競争力と輸出拡大の可能性

一方で、日本産米には輸出拡大の可能性もあります。

日本産米の強み

日本のコメは「世界一おいしいコメ」として国際的な競争力があり、「コメのロールスロイス」として高級ブランド化して輸出すべきという意見もあります。実際に、米カリフォルニアでは同州産のコシヒカリが日本のスーパーよりも高値で販売されています。

日本産米の本格的な輸出は歴史が浅いものの、以下の追い風があります:

  • 円安傾向
  • 世界的な和食への関心の高まり
  • 国内価格の下落
  • カリフォルニア州の干ばつによる減産

輸出拡大の課題

しかし、海外市場では以下のような課題に直面しています:

1. 競合と価格競争
・輸出増加に伴う日本産米同士の競合
・現地産米の高品質化
・低価格な他国産高品質米とのシェア争い
・「日本産だから高くても売れる時代は終わりつつある」という認識の広まり

2. 高価格の壁
・日本産米の消費者への販売価格は、現地産米に比べて3~5倍の高値
・購買層は富裕層などごく一部に限定
・輸送コストに加え、輸入業者や販売店側のリスクヘッジコストが加算

3. 認識と食文化の違い
・海外では精米は「加工品」と認識される
・アジアではインディカ米を好み、汁通りの良いご飯が好まれる
・粘りが強く団子になりやすい日本産米は裾野を広げにくい

4. 技術的課題
・海外では日本製の炊飯器が使われても、水加減や浸漬に対する意識が低い
・日本産米は硬度の高い水に馴染まない
・炊飯ロボットの導入が進んでいる

5. 輸出規制
・放射性物質に係る輸入規制(韓国、中国、台湾、EUなど)
・精米・燻蒸施設の認定取得(中国)

輸出促進の取り組み

2014年11月には民間団体「全日本コメ・コメ関連食品輸出促進協議会」が発足し、2015年3月には日本産米やコメ関連食品を海外で販売する際の統一ロゴマークを発表するなど、輸出促進に向けた取り組みも進められています。コメ加工品の輸出目標は、2020年には600億円に設定されていました。

製造業への影響:関税政策がもたらす波及効果

トランプ政権の関税政策は、コメ市場だけでなく、日本の製造業にも深刻な影響を与える可能性があります。

直接的な経済的影響

1. 不確実性の拡大
トランプ政権の通商政策がもたらす不確実性により、企業は投資を先送りする傾向が強まっています。

2. 輸出採算の悪化
米国が関税を引き上げた場合、日本の輸出企業が輸出価格を据え置くと、米国での輸入業者の税負担が増加します。販売数量が減るのを避けるために輸出企業が価格を引き下げれば、収益が悪化します。

3. サプライチェーンと賃金への波及
日本の製造業、特に自動車、産業機械、工作機械などの資本財の生産は対米依存度が高く、関税引き上げは価格競争力を損ない、販売経路の縮小という直接的な影響を受ける可能性があります。

地域経済への影響

製造業が集積する地域では、その雇用者の所得減少がサービス業や小売の売上に直結し、地域経済全体を冷え込ませる可能性があります。大手自動車メーカーなどの製造業は他の産業の賃金決定にも影響力を持つため、製造業が賃上げを抑制すれば他の非製造業も同様の抑制圧力を受ける可能性があります。

対応戦略

こうした外部からのショックに対応するため、以下の戦略が提言されています:

  • 貿易構造の多角化:対米依存度が高い現状を改善し、欧州やアジア諸国など、地政学・通商リスクが低い地域への市場展開を加速
  • 供給網の再編:中国や東南アジアに集中している生産拠点を、関税回避のために米国へ移転することも選択肢
  • 構造改革による競争力確保:デジタル技術や自動化による生産性向上、研究開発の強化

財務省の提言と改革の方向性

財務省の諮問機関は、現在のコメ政策について以下の提言を行っています:

ミニマムアクセス米の主食用枠拡大
無関税で輸入されるミニマムアクセス米77万トンのうち10万トンの主食用輸入枠を拡大し、市場に安価なコメを供給すべきだと提言。これは価格高騰の抑制だけでなく、加工用や飼料用などに回され多額の財政負担となっている非主食用米の赤字軽減にも繋がると考えられています。

石破首相は、「価格は市場に委ねつつ、所得は政策によって確保する」という両立の重要性を指摘し、海外販路拡大やマーケティング推進を含めた新たな施策の展開を呼びかけています。

まとめ:食料安全保障と農業改革の岐路

トランプ大統領の関税示唆は、図らずも日本が長年避けてきた農業改革の必要性を浮き彫りにしました。「令和の米騒動」は、50年続いた減反政策と農協中心の流通システムの限界を示しています。

日本のコメの自給率はほぼ100%であり、食料安全保障の要です。しかし、現在の農業政策は持続可能とは言えません。必要な改革の方向性として以下が挙げられます:

  • 減反政策の完全廃止と直接支払い制度への移行
  • 生産性向上による競争力強化
  • 輸出市場の本格的な開拓
  • 流通構造の透明化と効率化
  • JAの経済活動と農家支援の分離

2025年夏にも再びコメ不足が懸念される中、日本は食料安全保障を確保しつつ、国際競争力のある農業への転換という難しい舵取りを迫られています。トランプ政権の圧力は、皮肉にも日本の農業が真の改革に向かうきっかけとなるかもしれません。

日本が米国に代わって自由貿易を推進するトップランナーとなっている一方で、自由貿易の弊害や国内での富の再配分の不機能も指摘されています。トランプ政権からの新たな関税示唆に対し、日本政府は米国との交渉を粘り強く進めつつ、国内の農業政策や産業構造の課題にも対応していくことが求められています。

関連記事

参考資料



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA