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欧州中央銀行の分かれる金融政策決定 – 英国は据え置き、3中銀は利下げへ:トランプ関税がもたらす不確実性との闘い
2025年6月19日、欧州の主要中央銀行が相次いで金融政策を発表し、その判断は大きく分かれました。英国中央銀行(BOE)が政策金利を据え置いた一方で、スイス、ノルウェー、スウェーデンの3つの中央銀行は利下げに踏み切りました。この対照的な動きの背景には、トランプ政権の通商政策がもたらす不確実性という共通の課題が潜んでいます。世界経済の不確実性が年々高まる中、各国中央銀行は自国経済の安定と国際的な圧力のバランスを取りながら、これまで以上に複雑な金融政策運営を迫られています。
英国中央銀行(BOE)の「ハト派的」据え置き決定
予想外の投票結果が示すハト派への傾斜
2025年6月19日、イングランド銀行(BOE)は金融政策委員会(MPC)において、政策金利を4.25%で据え置くことを決定しました。これは2会合ぶりの据え置きとなります。しかし、注目すべきは金融政策委員会(MPC)の投票結果です。
据え置きに賛成したのは6名、0.25%ポイントの利下げを支持したのは3名(ラムスデン副総裁、ディングラ委員、テイラー委員)という結果は、市場が予想していた7対2よりも利下げ支持が多く、「ハト派的」な決定として市場に受け止められました。3名の副総裁のうち1名が利下げに投票したことも、若干のサプライズでした。
議事要旨によると、据え置きを支持した7名のうち複数名の委員が、利下げとの間で「微妙な決定」であったと判断しており、貿易関連のニュース(トランプ関税)が利下げ判断を後押ししたとされています。
タカ派とハト派:金融政策の基本概念
金融政策の議論を理解する上で、「タカ派」と「ハト派」という概念は極めて重要です。
ハト派(Dovish)は、主に景気刺激や失業率の低下を重視し、金利を低く保つことを支持する立場を指します。経済が停滞している際には、低金利政策を通じて企業や個人の資金調達を容易にし、経済成長を促進することを目指します。ハト派は短期間での景気回復を重視し、即効性のある政策を採用する傾向があります。
タカ派(Hawkish)は、主にインフレ抑制を重視し、金利の引き上げを支持する立場です。経済の過熱を防ぎ、物価の安定を図るために厳格な金融政策を採用します。高金利は借入コストを増加させ、過剰な投資や消費を抑制する効果があります。タカ派的なコメントが出ると、通常、株価にはネガティブな影響を与え、投資家はリスクを回避して低リスク資産へ資金を移す傾向があります。
中央銀行の金融政策方針や要人発言はマーケットに大きな影響を与え、市場参加者は要人発言がタカ派かハト派かを見極めて将来の見通しや投資判断の材料にしています。
英国経済の現状:複雑な経済指標が示す課題
BOEの決定の背景には、英国経済が直面する複雑な状況があります。BOEは、据え置きの背景として、以下の点を挙げています:
インフレ関連指標:
- 2025年5月の英国消費者物価指数(CPI)は前年比+3.4%で、市場予想の+3.3%をわずかに上回ったものの、前月の+3.5%からは低下
- コアCPIは+3.5%(前月+3.8%から低下)
- サービスCPIは+4.7%(前月+5.4%から低下)
- 消費者物価指数(CPI)は、総合・コアともに直近で前年同月比+3%台半ばと、目標値の2%を依然として上回っている
- エネルギー価格の高騰や食品価格のインフレ率の大幅な上昇を背景に、家計と企業のインフレ期待が依然として高い水準にある
経済成長指標:
- 2025年4月の月次国内総生産は前月比-0.3%で、予想の-0.1%を下回った
- 2025年1-3月期のGDPは前期比+0.7%で、市場予想の+0.6%を上回っている
- 国内の経済成長は依然として弱い基調であり、労働市場は緩和を続けている明確な兆候がある
労働市場指標:
- 2025年5月の失業率は4.5%で、前月の4.4%から上昇
- 賞与を除く週平均賃金は前年比+5.3%で、市場予想の+5.5%や前月の+5.6%を下回っており、賃金上昇率の減速傾向が継続
- 賃金上昇率の指標は5月も緩和を続けており、今年の残りにかけて大幅な減速を見込んでいる
購買担当者景気指数(PMI):
- 2025年5月の製造業PMI改定値は45.1
- サービス業PMI改定値は50.2
- 両指標とも速報値から下方修正された
BOEは、インフレ収束は進んでいるものの、さらなる金融緩和を拡大する強い根拠がないと判断しています。委員会は賃金上昇圧力の緩和が消費者インフレにどの程度波及するかを注視しています。
今後の金融政策の見通し
BOEは、今後の金融政策について、「金融引き締めのさらなる解除には、段階的かつ慎重なアプローチを継続する必要がある」とのガイダンスを維持しています。これにより、市場では年内にあと2回の0.25%ポイントの利下げが完全に織り込まれています。特に、次回8月7日のMPCでの利下げ確率は8割弱と見られています。
過去のBOEの動きとしては、2025年に入ってから、2月に4.75%から4.5%へ、5月に4.5%から4.25%へと2度の利下げを実施しており、四半期ごとに0.25%ポイントの利下げを行ってきました。しかし、サービスインフレの鈍化が緩やかであることや、トランプ関税の不確実性から、利下げ時期が後ずれする可能性も指摘されています。
ベイリー総裁は、政策金利の先行きが徐々に低下し続けるだろうとコメントしていますが、具体的な次回会合の予測ではないとし、金利水準は会合ごとに指標データを基に判断する方針を改めて示しています。
その他の欧州中央銀行の動き:相次ぐ利下げの波
英国が政策金利を据え置いた一方で、過去24時間余りの間に、スイス、ノルウェー、スウェーデンの欧州3中央銀行は相次いで利下げを決定しました。これは、米連邦準備制度理事会(FRB)や日本銀行などの主要中央銀行が据え置き姿勢を維持する中で、対照的な動きと見られています。
スイス国立銀行(SNB):ゼロ金利への回帰
6月19日、スイス国立銀行は政策金利を0.25%ポイント引き下げ、0%にすることを発表しました。これは、2024年3月の9年ぶりの利下げ以降、6会合連続の利下げとなります。パンデミック以降、6回目の金融緩和操作となります。
利下げの主な理由として、持続的に弱まっているインフレ圧力が挙げられます:
- 2025年5月の消費者物価指数(CPI)は前年比で-0.1%と、2021年3月以来のマイナスに転落(デフレ)
- 通年のインフレ予想も0.2%に大幅に下方修正
- スイスフラン(CHF)が伝統的な避難通貨として、トランプ氏の勝利予想が高まる中で米ドルやユーロに対して持続的に価値を上げていたことも、商品輸入価格の低下に寄与し、通貨高抑制が利下げの主目的
SNBは、今後も状況を注意深く監視し、必要に応じて金融政策を調整する意向を示しています。一部では、SNBがマイナス金利への回帰に近づいているとの見方もあります。
ノルウェー銀行(Norges Bank):サプライズ利下げ
スイス中銀の決定から24時間以内に、ノルウェー銀行はサプライズで0.25%ポイントの利下げを実施しました。前日の市場予測では利下げ確率はわずか4%でした。この予想外の利下げ発表により、ノルウェー・クローネは急落しました。
声明では、経済見通しの不確実性を認めつつも、見通し通りに展開すれば2025年中にさらに利下げが行われることを示唆しました。2025年末には政策金利が4%をわずかに下回り、2028年末に向けて3%程度に低下するとの予測が示されています。
スウェーデン国立銀行(Riksbank):利下げペースの加速
スイス中銀、ノルウェー中銀に続いて、スウェーデン国立銀行も政策金利を引き下げました。
利下げの理由として:
- インフレ率が目標水準で安定しつつある一方で、国内の経済活動が弱まっている
- 中銀のインフレ目標であるCPIF(住宅ローン金利の影響を除いた消費者物価指数)は、一時10%を超える局面もあったものの、目標の2%に迫る水準まで落ち着いている
- 海外経済が依然として低調である
インフレ見通しが変わらなければ、年内にさらに最大3回の引き下げを検討していると述べており、前回の据え置き発表時よりも利下げペースを速める姿勢を見せています。
欧州中央銀行(ECB):連続利下げの継続
欧州中央銀行(ECB)も、2024年9月の会合以降7会合連続で利下げを実施しており、2025年6月5日には主要政策金利を0.25%ポイント引き下げ、預金金利を2.0%としました。これは、今後の安定的なインフレ見通しや金融政策の効果に基づいています。
ECBは、インフレ率が中期目標の2%前後で推移すると予測しており、2025年のユーロ圏経済成長率を0.9%と予測しています。ECBは2%のインフレ目標を概ね達成し、金利水準は「良い位置」にあるとしています。
トランプ政権の通商政策と不確実性:世界経済への深刻な影響
トランプ政権の通商政策は、世界経済に不確実性を高め、経済活動を下押しするリスクをもたらしています。2025年の世界経済は、「米国第一主義」や「常識の革命」を掲げるトランプ政権の登場により、従来のグローバリゼーションや国際協調路線に逆行する動きを見せており、不透明感が一段と増しています。(関連記事:米国経済2025年展望:トランプ関税が日本に与える影響)
「相互関税」構想の概要と影響
2025年4月2日に発表された「相互関税」構想では:
- すべての国・地域に対する10%の一律追加関税(4月5日発効)
- 非互恵的、差別的な貿易慣行があると認定された国・地域への個別の追加関税
- 中国に対しては、既存の20%に追加関税が加わり、最大で145%の関税率が課される可能性
- 自動車産業に対しては、全世界から米国への輸入に25%の追加関税が課せられる見込み
金融市場はトランプ関税の全体像(対象国・品目、税率など)がつかめない状況にあり、世界経済への影響を測りかねています。当初から懸念されていた関税による物価上昇リスクに加え、足元では消費者・企業心理の悪化を通じた内需失速リスクも意識され始めており、景気悪化とインフレの同時進行であるスタグフレーションを懸念する声も浮上しています。
世界経済への影響:IMFの大幅下方修正
今回のIMFの世界経済見通しは、トランプ政権の関税政策の影響が色濃く反映されており:
- 2025年の世界経済成長率見通しは2.8%と、前回(1月見通し)から大幅に下方修正
- 特に米国は2025年1.8%、2026年1.7%成長と大幅に下方修正
米国経済への影響:
- 2025年1-3月期の実質GDPが前期比年率-0.3%と12四半期ぶりに縮小(関税賦課前の駆け込み的な輸入増が主因)
- 民間最終需要は底堅く推移しているが、関税が拡大する場合、輸入物価上昇を通じて民間最終需要の伸びが鈍化する可能性
- 一方的な関税賦課は国内製品の需要を高める一方、輸入原材料を使用する国内消費者や生産者にとってインフレを引き起こす可能性
中国経済への影響:
- 政府の景気支援策によって個人消費や投資が堅調に拡大しているが、不動産投資の低迷や米国の関税強化による駆け込み輸出の反動などから、2025年後半には景気が大きく鈍化すると予測
- 通年の成長率は政府目標である前年比+5.0%を大幅に下回る見込み
- 供給超過感の強まりはデフレ圧力を一段と強める要因にもなりえる
- 米中間の高関税の影響で中国から安値輸入品が流入し、ディスインフレが進む可能性も指摘
日本経済への影響:
- 米国の関税政策は、貿易面および企業や家計のコンフィデンス面から日本経済を下押しすると見られている
- 関税引き上げは、米国内での日本企業の価格競争力低下に加え、貿易の縮小を介した世界経済全体の下押しを通じて、日本の輸出を押し下げる可能性
- 為替が円高方向で推移すれば、輸出にマイナスの影響を及ぼす可能性
- 高関税が長期化すれば、直接的影響を受ける輸出企業を中心に、事業再編やサプライチェーンの強靭化、生産拠点の米国シフトなどが進む恐れがあり、これは中小企業に影響を及ぼす懸念がある
- 一方で、自動車産業は負の影響を受けるものの、全体としては貿易転換効果によりGDPがわずかに増加する可能性があるとされている
(詳細な分析については、米国経済2025年展望:トランプ関税が日本に与える影響もご参照ください)
欧州経済への影響:
- 米国の関税引き上げに加え、これまでの投資抑制やコスト高止まりにより、欧州の産業競争力は低下しているとの見方
「貿易転換効果」とは
中国への高関税によって米国向け輸出が減少する分を、他の国が代替することで、一部の国は正の影響を受ける可能性があります。カナダやメキシコはUSMCAにより関税が低率であるため、比較的影響が小さいとされています。しかし、関税率が高い国ほど経済的に負の影響を受けやすく、米国への輸出依存度が高い国ほど関税政策による影響の振れ幅が大きいことが明らかになっています。
企業は貿易を他国に回したり、国内での付加価値を高めたりすることで、打撃を和らげる適応策を取ると考えられます。また、ドル高は、ユーロやポンド建ての商品やサービスの輸入の実効価格を下げることで、米国の関税によるインフレ影響を軽減する可能性があります。
トランプ政権の通商関連人物
- ナバロ貿易・製造業担当上級顧問やグリア米通商代表(USTR)は強硬な対中姿勢と保護主義的な考えを持ち、関税の積極的な活用を支持
- トランプ大統領自身も貿易不均衡の解消に強いこだわりがあり、関税活用を躊躇しないと見られている
- 政権内の対中タカ派(ルビオ国務長官など)は安全保障の観点からも対中関税を支持する可能性
中央銀行の舵取りの難しさ:複雑化する政策運営
トランプ関税による先行きの景気悪化やインフレ再燃のリスクが嫌気され、各国中央銀行は利下げに慎重な姿勢を見せ始めています。一方で、この米関税政策が国際貿易摩擦に発展し景気を悪化させるリスクも浮上しており、当局の舵取りは難易度を増しています。
関税政策がもたらすジレンマ
関税は、輸入品の価格を引き上げることによって消費者物価指数(CPI)を上昇させる一方で、世界的な需要の縮小を通じて国内企業が設定する生産者物価指数(PPI)を押し下げる傾向があります。
政策対応のジレンマとして:
- 関税戦争では、CPIインフレの上昇が消費者に打撃を与えるにもかかわらず、PPIインフレを拡大して安定させることが最適とされる場合がある
- 一般的に、生産性の低下のような「標準的な供給ショック」に対しては金融引き締めが最適な対応
- しかし、インフレを引き起こす関税ショックに対しては金融拡大(緩和)が最適な対応となる可能性があることが、分析によって示唆されている
ドルの特権と中央銀行の独立性
米ドルは国際貿易における主要通貨であるため、米国(主要通貨国)は金融政策を通じて自国の生産高や雇用への歪んだ影響を是正する上で、他の国よりも有利な立場に立つ可能性があります。
中央銀行の独立性への影響:
- トランプ氏は、FRBを含む中央銀行の独立性に対し、金融政策への発言権を主張してきた経緯がある
- 歴史的に、中央銀行の独立性は長期的な物価安定を達成するために重要とされてきた
- しかし、その役割が拡大するにつれて、政治が介入する余地が大きくなり、職務遂行が困難になる可能性も指摘されている
- 独立した中央銀行は、政治的な圧力から切り離されることで、長期的な視点に立ち、インフレをコントロールする能力が高いとされている
日本の金融政策と中央銀行制度:委員会制度の透明性と課題
世界の中央銀行が直面する課題を理解する上で、日本の金融政策決定における委員会制度の事例は重要な示唆を与えます。
日本銀行の金融政策運営
日本銀行は3月の金融政策決定会合で、「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現可能と判断し、金融政策の枠組みを見直しました。11年間にわたる大規模な金融緩和はその役割を終えたと考えています。
先行きの経済情勢については:
- 海外経済の減速や各国の通商政策の影響を受けるものの、緩和的な金融環境に支えられ、成長ペースは鈍化しつつも緩やかに回復すると見込まれている
- 物価情勢については、基調的な物価上昇率が2%に向けて高まっており、企業行動の変化(賃金・価格設定行動)が明確化していると評価
- 政策運営については、経済・物価の改善に応じて政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく方針
委員会制度の透明性と有効性
透明性の向上策:
- 日本銀行は、金融経済月報、「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」、金融政策決定会合議事要旨、および総裁の定例記者会見などを通じて、定期的に包括的な情報を発信
- 金融政策決定会合の議事要旨は、会合の約1か月後に公表されるが、議事録全体は、委員会での自由な討議を妨げないよう配慮し、10年後に公開
- 政策に関する対外公表文や、月報、展望レポートの基本的見解についても賛否が採られる
- 全会一致が続くことは、日本銀行の委員会メンバー間で意見の共有が進んでいる証左であると考えられている
有効性の確保:
- 日本銀行は、1998年に施行された改正日本銀行法により、金融政策の自主性が明確にされ、政府からの命令権や総裁の解任権が廃止されたことで、法的な独立性を一定程度確立
- 理論的には、金融政策委員会による決定は、個人の決定よりも好ましい場合があるとされている
- 特に、委員がインフレ抑制を重視する姿勢(タカ派)や、政治的影響を受けないインセンティブがある場合に有効
委員会制度の課題
中央銀行の独立性に関する課題:
- 低成長・デフレ懸念が続く状況では、政府と中央銀行が財政・金融政策で協調すべきとの意見があり、これが中央銀行の独立性を脅かす可能性が指摘されている
- 2013年の「共同声明」は、デフレ脱却を目的とした政府と日銀の協調の例だが、同時に日銀の独立性が損なわれたとの批判も存在
- 他国(例:米国)では、大統領が中央銀行の独立性を弱め、金融政策決定における大統領の権限を強化する改革案を検討しているとの報道
不確実性の高まりと政策運営の難しさ:
- 各国の通商政策(特にトランプ関税)や中国経済の動向、地政学的緊張の展開など、世界経済を巡る不確実性が非常に高い
- 米国の関税引き上げは、日本企業の価格競争力を低下させ、世界経済の縮小を通じて日本の輸出を押し下げる可能性
- サプライチェーンの毀損などにより、経済が下押しされつつ物価が上押しされる「スタグフレーション」の懸念も浮上
情報発信の課題:
- 高い不確実性の中では、将来の政策金利のパスが当初の見通しから変わりうることを、市場に対して丁寧に説明する必要がある
- 経済・物価に対して中立的な実質金利である「自然利子率r*」は、直接観察できず、推計手法によって大きなばらつきがあり、金融環境がどの程度緩和的であるかを端的に示すことが困難
中央銀行の情報開示が市場の期待と政策委員会に与える影響
中央銀行の情報開示は、市場の期待形成と政策委員会の行動の両方に深く影響を与えます。
市場の期待への影響
政策の方向性の理解促進:
- 市場は、中央銀行の従来の基本方針を前提に、国内外の新しい情報を自ら解釈し、例えば利上げ時期についての見方を形成し、継続的に修正
- 共通の目標を設定することで、個々の委員の見解の相違が金融政策運営のノイズとなるのを回避し、インフレ期待の形成に役立つ可能性
不確実性の管理:
- 経済・物価見通しが上下双方向で大幅に変化する可能性がある場合、政策金利の将来のパスが変わり得ることを丁寧に説明することが重要
- ゼロ金利制約下の金融政策における「出口政策」についても、市場の誤解を防ぐために情報開示が必要
- 国民が中央銀行の発出する情報に過大に反応し、ノイズのインパクトが大きくなる可能性も指摘されている
政策委員会の行動への影響
議論の質の変化:
- 議事録の公開が10年後、議事要旨が約1ヶ月後に公表される仕組みは、政策委員会での自由な討議を妨げないための配慮
- 発言者の名前を掲載しないのは、自由な討議を促進し、議論の質が低下するのを防ぐため
- 情報公開を前提とすると、その場の突然の議論には慎重になるが、委員は意見をよく考えて準備し、議論が蓄積されるという側面もある
透明性のジレンマ:
- 情報公開が前提の会合では、委員会のメンバーが事前に非公式に集まって議論することが難しくなる
- 投票結果の透明性は、外部の利益団体からの影響や、委員が個人の優秀さをアピールすることに集中しすぎるリスクがある
- 委員会が団結を重視し、全体としてのオーナーシップを得ようとするならば、投票結果を公表しない方が理にかなっているという意見も
地政学リスクと金融市場への影響
世界の分断は深まっており、国際協調で取り組むべき気候変動対策や貧困・難民・食糧危機対策などの地球規模の課題が棚上げされる懸念が浮上しています。
中東情勢の影響
- 中東の緊迫化は「有事のドル買い」を促し、ドル高を支える要因となっている
- イスラエルとハマスの紛争が世界経済に与える影響は小さいと見られている(イスラエルとガザ地区が原油生産地域ではないため)
- ハマスを支持するイランは制裁対象であり、主要先進国が原油生産をイランに依存していない
- 原油供給の中枢を担うサウジアラビアやアラブ首長国連邦の生産・積み出し・輸送に問題が生じるかどうかが注目点
- 現在のところ、湾岸地域の産油国が紛争に巻き込まれる確率は低いとされている
ウクライナ戦争の影響
- 2022年のウクライナ戦争を機に、米欧の西側陣営と中露など反米陣営の対立構図が鮮明化し、世界の分断が深まった
- ウクライナは天然ガスの通り道であり、欧州は天然ガスの調達先変更や再生可能エネルギーへの転換が課題
- 厳冬期には産業用供給が制限され、景気悪化につながる可能性が指摘されている
投資環境と日本の国際収支構造の変化
不確実性の高まる投資環境の下、資産形成は長期目線で堅実に行うことが推奨されています。
日本の国際収支構造の特徴
- 日本は経常黒字国だが、直接投資(主に内部留保)や証券投資(主に債券利子)など第一次所得収支の黒字が中心
- 獲得した外貨の円転を促す貿易黒字と異なり、再投資に回る傾向があるため、経常黒字は額面ほど円買い需要をもたらさないという評価
- 原油安で貿易収支の赤字は縮小しているが、サービス収支はインバウンド活況で観光関連の黒字が拡大する一方、イノベーションの遅れなどを反映したデジタル関連の赤字が目立つ
- 長期円高で国内製造業の国際競争力が低下し、一部工業製品の貿易黒字が停滞
- 国内の低成長を反映し、企業の積極的な海外進出・投資が続き、海外で稼ぐモデルに変貌
「貯蓄から投資」への動き
近年のインフレ定着を受け、家計の資産防衛意識が強まる中で、2024年の新NISA(少額投資非課税制度)開始を機に、「貯蓄から投資」が加速するとの見方があります。特にNISAを主導する若い世代は、円安または株高が身近なこともあり、株式を中心に海外投資に前向きな面もありそうです。
まとめ:複雑化する金融政策の舵取り
2025年6月の欧州中央銀行の金融政策決定は、世界経済が直面する複雑な課題を浮き彫りにしました。英国中央銀行の「ハト派的」据え置きと、スイス・ノルウェー・スウェーデンの相次ぐ利下げは、各国がそれぞれの経済状況と国際的な不確実性のバランスを取りながら、異なる政策選択を行っていることを示しています。
トランプ政権の通商政策という共通の不確実性に直面しながら、各国中央銀行は:
- インフレ抑制と経済成長のバランス
- 国内経済の安定と国際的な圧力への対応
- 短期的な市場の期待と長期的な経済の健全性の両立
これらの複雑な要素を考慮しながら、金融政策を運営しています。
投資家やビジネスパーソンにとっては、各国中央銀行の政策動向、特に「タカ派」と「ハト派」のバランスの変化を注視し、不確実性の高い環境下での慎重な意思決定が求められます。同時に、トランプ関税の行方(関連:米国経済とトランプ関税の日本への影響)や地政学的リスクの展開など、金融政策に影響を与える外部要因にも注意を払う必要があります。
世界経済の不確実性が年々高まる中、中央銀行の役割はますます重要になっています。しかし同時に、その政策運営の難易度も増しており、市場参加者は中央銀行の一挙手一投足に注目しながら、慎重かつ柔軟な対応が求められる時代となっています。
関連記事
参考資料
- 日本銀行:金融政策の透明性について
- 日本銀行:金融政策決定会合議事要旨
- 日本銀行:委員会による金融政策決定
- アセットマネジメントOne:タカ派・ハト派とは
- Bloomberg:中央銀行の独立性
- 三菱UFJ信託銀行:経済レポート
- moomoo:金融市場ニュース
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