FOMC年内2回利下げ予想を維持、しかし委員間の意見対立が鮮明に|2025年6月会合の全容解説



FOMC年内2回利下げ予想を維持、しかし委員間の意見対立が鮮明に|2025年6月会合の全容解説

米連邦公開市場委員会(FOMC)は2025年6月17日から18日にかけて開催された会合で、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を4.25~4.50%に据え置くことを決定しました。これで4会合連続の据え置きとなります。市場では6月12日時点で97.5%の確率でこの据え置きが織り込まれており、決定自体にサプライズはありませんでした。

しかし、今回の会合で明らかになったのは、FOMC委員間での将来の金融政策を巡る見解の相違が著しく拡大していることです。年内2回の利下げ予想(中央値)は維持されたものの、その実現可能性については不透明感が増しています。本記事では、会合の詳細な内容と今後の金融政策の行方について、包括的に解説していきます。

FOMCの決定内容:表面的な現状維持の裏にある分断

FOMCは政策金利を4.25~4.50%に据え置き、2025年における年内2回の利下げ予想(中央値)を維持しました。これは3月の経済予測(SEP)時点から変更がなく、2025年末の政策金利中央値は3.875%と示されています。

しかし、個々の委員の見通しを示す「ドットプロット」を詳しく見ると、委員間の意見の分断が明確になっています。2025年末の政策金利見通しでは、7人のメンバーがゼロ回の利下げ(据え置き)を予想しており、これは3月時点の4人から大幅に増加しました。また、2人のメンバーは1回の利下げを予想しています。

これにより、年内2回以上の利下げを予想するメンバーが10人、据え置きが7人、1回が2人というように、19人のFOMC参加者の見方が大きく分かれている状況が浮き彫りになりました。25年の適切な利下げ回数に関して、少なくとも2回の追加利下げを予想したFOMC参加者は19人中11人に減少し(前回12月は15人)、一方で1回の利下げを予想したメンバーは4人(前回は3人)、据え置きを予想したメンバーは4人(前回は1人)に増加しました。

この変化は、FOMC全体がややタカ派的(金融引き締めに前向き)になったことを示唆しています。市場では一時、ドットプロットが年内1回の利下げに上方修正される可能性も指摘されていましたが、結果的に2回で維持されました。

パウエル議長の慎重姿勢:「待つことのコストは低い」

ジェローム・パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長は記者会見で、引き続きデータ依存の慎重な姿勢を強調しました。議長の主要な発言を詳しく見ていきましょう。

「政策スタンスの調整を検討する前に、経済の見通しについてより多くの情報を待てる状況にある」とパウエル議長は述べ、これまでと同様の見解を改めて示しました。さらに「労働市場は利下げを強く求めていない」とも指摘し、早期の利下げを急ぐ必要はないとの認識を明確にしました。

5月のFOMC後の記者会見では、「政策調整の前に待つ時間があり、待つことのコストは比較的低い」とも発言しています。パウエル議長は、雇用と物価の目標からの乖離度合いと、それぞれのギャップが解消されるまでの時間を考慮するとし、リスクバランスの観点からは、雇用状況の悪化が利下げの決定打になる可能性が高いと考えていると述べました。

現在の失業率は歴史的に低い水準にあり、雇用は堅調ですが、雇用削減発表数が増加傾向にあることには注目が必要とされています。この点は、今後の政策判断において重要な要素となる可能性があります。

トランプ関税政策:FRBが直面する最大の不確実性

今回のFOMC会合で最も大きな焦点となったのが、トランプ政権の関税政策による経済への影響です。FRBは、トランプ政権の関税政策による実体経済への影響は限定的である可能性がある一方で、関税政策とその影響に関する不確実性は依然として極めて高いと認識しています。

セントルイス連銀のムサレム総裁(2025年に投票権を持つFOMCメンバー)は、関税が1~2四半期のインフレ率を加速させるシナリオと、物価への影響が長引くシナリオは「五分五分」であるとし、「FRBは夏の間は不確実性に直面する」と述べました。同総裁は、一時的な物価上昇を金融政策が見過ごすべきという「理論」にFRBの評判と信頼を賭けるのは気が引けると指摘し、足元のインフレ期待の安定に「油断すべきではない」と警告しています。

パウエル議長も、大規模な関税引き上げが継続されれば、インフレの上昇、経済成長の減速、失業率の増加を招く可能性があるとの見方を示しました。しかし、関税の影響が一時的なものにとどまるか、あるいはより持続的なインフレ効果となるかは不透明であり、最終的には長期的なインフレ期待を維持できるか否かにかかっていると指摘しました。

インフレ期待の短期的な指標は最近上昇しており、消費者や企業は関税をその要因として挙げています。国際通貨基金(IMF)も、コロナ禍以前よりも期待インフレ率が高い現在の経済環境では、関税引き上げがインフレの上振れにつながりやすいと指摘しています。

経済見通しの修正:GDP下方修正とインフレ上方修正

FOMCと同時に公表された四半期経済見通し(SEP)では、トランプ政権の関税引き上げの影響を反映した重要な修正が行われました。2025年の国内総生産(GDP)成長率は1.4%に下方修正され、コアPCE(個人消費支出)インフレ率は2.5%(前回2.2%)に上方修正されました。

この修正は、一部のFOMCメンバーがトランプ氏の政策による影響をすでに織り込み始めていることを示しています。特にインフレ率の上方修正は、関税による物価押し上げ効果への懸念を反映したものと考えられます。

FRB高官からは、関税の不確実性が夏以降に解消され、物価押し上げがインフレ期待に波及するリスクが低い場合に、利下げサイクルへと転じる可能性があるとの見方も出ています。しかし、関税の影響や長期的なインフレ期待の安定を維持できるか否かが、インフレが持続的になるかどうかの鍵となるとパウエル議長は強調しています。

FOMC声明文の変更:労働市場への認識が変化

今回のFOMC声明文では、重要な文言の変更がありました。経済の先行きを巡る不確実性については、「依然として高いものの、やや緩和された」との認識が示されました。また、これまでの「失業率の上昇とインフレ率の上昇のリスクが高まった」という文言が削除され、「失業率は引き続き低く、労働市場は依然堅調」という表現に修正されました。

この変更は、FRBが労働市場の現状について、より楽観的な見方を持つようになったことを示唆しています。ただし、これは必ずしも利下げの必要性が低下したことを意味するわけではなく、むしろ現時点では急いで政策を変更する必要がないという判断を反映していると考えられます。

市場の反応:複雑な動きを見せたドル相場

FOMC決定直後の市場反応は複雑な動きを見せました。初期の段階では、FOMCの政策金利据え置きと年内2回の利下げ予想の維持が発表された直後、一部では1回に修正されるとの思惑もあったため、ハト派的(金融緩和に前向きな姿勢)と見なされ、ドルは一時的に一段安となりました。

しかし、その後パウエル議長の記者会見での慎重な発言を受けて、ドルは上昇に転じました。議長が「待つことのコストは低い」と述べ、早期の利下げに否定的な姿勢を示したことが、ドル買いを後押しする要因となりました。

この市場の反応は、投資家がFRBの政策見通しの微妙なニュアンスに敏感に反応していることを示しています。表面的な決定内容よりも、委員間の意見の相違やパウエル議長の発言の詳細が、市場により大きな影響を与えているのです。

金融政策の枠組み:FRBのデュアル・マンデートと政策判断

FRBの金融政策は、連邦準備法に定められた「最大雇用」と「物価の安定(長期的なインフレ目標2%)」という2つの責務(デュアル・マンデート)の達成を目指して決定されます。これらの目標は時に相反する可能性もあり、FRBは常にバランスを取りながら政策を運営しています。

現在、FRBが政策判断において重視している経済指標は以下の通りです:

インフレ率については、FRBは食品・エネルギーを除くコアCPIやPCEデフレーターを重視しており、インフレ率が目標の2%を依然として上回っているかを確認しています。また、今後のインフレ動向を占う上で、調査ベース(ミシガン大学やコンファレンス・ボード)および市場ベース(ブレーク・イーブン・インフレ率)の期待インフレ率を重視する考えも示されています。

雇用状況については、失業率や非農業部門雇用者数などの労働市場指標が、政策金利を決定する上で重要視されています。現在の雇用市場は引き続き堅調であり、失業率は低い水準で安定していると評価されています。

経済成長に関しては、実質GDP成長率も重要な要素です。トランプ関税政策はGDP成長率の下方修正とインフレ率の上方修正につながると見込まれており、経済の先行きを巡る不確実性を高める要因となっています。

その他、ISM製造業・サービス業の景況感指数、住宅着工件数、小売売上高、消費者の景況感なども政策判断の材料となっています。

量的引き締め(QT)の動向

3月のFOMCでは、政策金利の据え置きと並行して量的引き締め(QT)のペースを減速させることが決定されました。これは、債務上限問題に関連して準備金が変動する可能性を考慮したもので、ウォラー理事はQTの現行ペース維持に反対票を投じています。

FRBは、景気の過熱や行き過ぎたインフレの抑制を目的として、市場から資金を引き上げる量的引き締めを実施しています。国債の月間償還上限額を減額するなどして、資産圧縮ペースを緩める決定も行っていますが、これは金融市場の混乱を回避するための措置であり、緩和方向への政策シフトを意図したものではないと説明されています。

世界経済への影響:成長鈍化と不確実性の高まり

世界経済は、米国の関税政策やその他の不確実性の高まりにより、成長鈍化の傾向が続いています。国際通貨基金(IMF)が2025年4月に発表した世界経済見通しでは、2025年の世界の実質GDP成長率が2.8%に下方修正されました。これは1月時点の見通しから0.5ポイントの引き下げであり、主に米国と中国の成長率が下方改定されたことに起因しています。

経済協力開発機構(OECD)も3月17日に中間経済見通しを発表し、米国のトランプ政権による関税引き上げを主な要因として、米国のみならずカナダやメキシコを含む多くの国で成長率の引き下げとインフレ率の引き上げを予測しています。OECDは、米国の関税政策変更の影響により、2025年の米国実質GDP成長率を2.2%に下方修正し、2026年も1.6%に引き下げています。

IMFやOECDも、貿易戦争の拡大と長期化が世界経済に悪影響を及ぼし、関税がインフレ再燃の起点となる可能性に警戒感を示しています。貿易障壁は一般的に貿易取引を停滞させ、世界経済にマイナスの影響を与える可能性が高いとされています。

金融政策の枠組み見直しの議論

FOMCの議事要旨によると、FRBは経済環境の変化を踏まえ、金融政策の枠組みを見直す議論を続けています。ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁は、コロナ禍後、供給ショックを背景に期待インフレ率が上昇しやすくなっていることを指摘し、期待インフレ率の上昇を放置すればインフレが持続的になる懸念があると警告しています。

この見直しは、低金利を求める向きには望ましくないものとなる可能性もありますが、FRBが市場の信認を重視するなら、経済環境に即した政策を選択する方が賢明であるとの見方もあります。

今後の利下げ時期:専門家の見方は分かれる

今後の利下げ時期に関する見方については、専門家の間でも意見が分かれています。

三井住友DSアセットマネジメントは、トランプ関税の影響がこれから米経済に現れると想定し、年内10月と12月にそれぞれ25ベーシスポイントずつの利下げが行われるとの見方を維持しています。

多くの専門家は、FOMCは利下げ再開を急がず、早くても9月以降と見ています。これは、パウエル議長が繰り返し強調している「データを見極めるまで様子見を続けることが適切」という姿勢と一致しています。

一方で、マネックス証券の吉田恒氏は、政策金利と失業率の相関関係に基づき、7月初めに発表される6月失業率の悪化次第では、7月のFOMCで利下げが再開される可能性もあると指摘しています。

地政学的リスク:中東情勢の影響

その他の関連情報として、中東情勢の緊迫化が市場に与える影響も注目されています。トランプ米大統領がイランに対する強硬姿勢を示し、軍事攻撃を含む選択肢が検討されているとの報道は、「有事のドル買い」を引き起こし、ドル高を後押しする要因となる可能性があります。

このような地政学的リスクは、FRBの政策判断を複雑にする要因の一つです。リスク回避的な市場環境では、金融政策の効果が通常とは異なる形で現れる可能性があるためです。

政治的圧力とFRBの独立性

パウエル議長は、トランプ大統領からの利下げ要求やFRB議長後任指名に関する質問に対しても、政策判断は経済指標と見通しに全面的に依存し、政治的な圧力には影響されない姿勢を強調すると見られています。

しかし、一部では、FRBの「頑なさ」が経済にとって最悪のシナリオを招く可能性も指摘されています。政治的独立性を維持しながらも、経済の実態に即した柔軟な政策運営が求められているのです。

まとめ:不確実性の中での慎重な舵取り

2025年6月のFOMC会合は、表面的には現状維持の決定でしたが、その内実は複雑で、委員間の意見の相違が拡大していることを示しました。年内2回の利下げ予想は維持されたものの、ドットプロットが示すように、その実現可能性については委員間で大きく見解が分かれています。

パウエル議長が繰り返し強調する「データ依存」の姿勢は、FRBが経済指標の推移を慎重に見極めながら政策判断を行うことを意味しています。特に、トランプ関税の影響がインフレや経済成長にどのような形で表れるかが、今後の金融政策の鍵を握ることになるでしょう。

FRBは、インフレ期待の安定維持を最優先課題としながらも、雇用市場の悪化には迅速に対応する必要があります。このバランスをどのように取るかが、今後数か月の大きな課題となります。

市場参加者にとっては、毎月発表される雇用統計やインフレ指標、関税政策の具体的な実施状況、そして地政学的リスクの動向など、複数の要因を注視しながら投資判断を行う必要がある局面が続きそうです。

FRBの「待ちの姿勢」が功を奏するか、それとも政策転換を迫られるか、今後数か月の経済データと市場の動向が答えを出すことになるでしょう。不確実性が高い環境下で、FRBがどのような舵取りを行うか、引き続き注目が集まります。

参考資料



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