目次
2026年度トリプル改定：診療・介護・障害福祉報酬の同時改定がもたらす影響
結論：医療・介護・福祉の3分野で同時に起こる大改革
2026年度のトリプル改定は、物価高騰への対応、賃上げの実現、現役世代の負担軽減という3つの課題に同時に取り組む大規模な改革です。政府は「コストカット型」から「成長型」への転換を明確に打ち出し、経営の安定と働く人々の処遇改善を確実に実現する方針を示しています。
トリプル改定とは何か：3つの報酬が同時に変わる意味
2026年度は、社会保障制度にとって極めて重要な年となります。以下の3つの報酬が同時に改定される「トリプル改定」が実施されるためです。
| 報酬種別 | 対象分野・施設 | 通常の改定周期 | 影響を受ける人数（推計） |
|---|---|---|---|
| 診療報酬 | 病院、診療所、歯科、薬局 | 2年ごと | 医療従事者約200万人 |
| 介護報酬 | 特養、老健、デイサービス、訪問介護等 | 3年ごと | 介護職員約215万人 |
| 障害福祉サービス報酬 | 障害者支援施設、就労支援事業所等 | 3年ごと | 障害福祉職員約90万人 |
これらの改定が同時に行われることで、約500万人の医療・介護・福祉従事者と、サービスを利用する数千万人の国民に直接的な影響が及びます。
なぜ2026年度の改定が重要なのか：5つの危機的状況
1. 過去最大級の物価高騰による経営圧迫
2024年の物価上昇状況（対2018年比）
- 総合物価指数：＋20％
- 食料費：＋9％
- 建築単価（医療・福祉用建物）：＋65％
- 官庁営繕単価（2025年度）：＋7.4％（対前年度）
特に深刻なのは建築単価の上昇です。対2023年比でも+29％という異常な上昇率を示しており、施設の改修や新設が困難になっています。
2. 賃上げ格差による人材流出の加速
| 業種 | 2024年春闘 賃上げ率 | 2025年春闘 賃上げ率（速報） | 状況・課題 |
|---|---|---|---|
| 全産業平均 | 5.26％ | 5.32％ | 2年連続5％超の高水準 |
| 中小企業 （300人未満） | 4.70％ | 4.93％ | 大企業との格差は縮小傾向 |
| 医療分野 | 2.74％ （計画値） | ― | 他産業の半分程度に留まる |
| 介護分野 | 4.6％ | ― | 全産業平均を下回る |
警告：介護職員数が初の減少
2023年度の介護職員数は212.6万人となり、前年度から2.8万人減少しました。介護保険制度開始以来、初めての減少です。要介護認定者数が増加する中での職員減少は、サービス提供体制の崩壊につながりかねません。
3. 医療機関の経営悪化が深刻化
病院の経営状況（2023年度）
| 病院種別 | 経常利益率 | 事業利益率 （補助金含む） | 事業利益率 （補助金除く） |
|---|---|---|---|
| 一般病院 | ▲1.8％ | ▲2.7％ | ▲3.7％ |
| 精神科病院 | 1.2％ | ▲1.0％ | ― |
| 療養型病院 | 2.6％ | 1.3％ | ― |
一般病院の赤字幅は年々拡大しており、コロナ補助金を除くと▲3.7％という危機的な水準に達しています。
4. 高齢化による社会保障費の増大
2025年度の社会保障関係費の状況
- 高齢化による自然増：約5,600億円
- 高度化等による増加分：別途計上
- 経済・物価動向を踏まえた対応による増加分：追加
これらを合わせると、社会保障関係費は前年度比で1兆円以上の増加が見込まれています。
5. 現役世代の保険料負担の限界
現役世代の保険料負担は年々増加しており、手取り収入の減少が消費低迷の一因となっています。政府は「保険料負担の上昇を抑制する」ことを明確に打ち出し、給付と負担の見直しを進める方針です。
2026年度改定で実施される具体的な改革内容
A. 処遇改善・賃上げ対策
賃上げ実現に向けた重点施策
- 診療報酬：ベースアップ評価料の拡充、看護師以外の職種への対象拡大
- 介護報酬：処遇改善加算の一本化、事務負担の軽減
- 障害福祉報酬：他産業と遜色のない処遇改善の実現
- 共通：経営形態やサービス内容に応じたメリハリある措置
経営の透明化施策
- 医療法人における職種別給与情報の開示義務化
- 介護事業者データベースによる経営情報の分析・公表
- 障害福祉サービス事業者の経営情報の見える化
B. 現役世代の負担軽減策
1. 給付の適正化
| 項目 | 具体的内容 | 実施時期 |
|---|---|---|
| OTC類似薬 | 市販薬で代替可能な医薬品の保険給付見直し | 2026年度～ |
| 地域フォーミュラリ | 地域ごとの推奨薬リストの全国展開 | 順次拡大 |
| リフィル処方箋 | 一定期間内の再診なし処方の普及促進 | 実施中 |
| 高額療養費制度 | 制度の見直し検討（2025年秋までに方針決定） | 検討中 |
2. 応能負担の強化
- 金融所得の反映：医療・介護保険の負担への金融所得反映を検討
- 後期高齢者医療：現役並み所得者の範囲見直し
- 介護保険：2割負担の対象者拡大を検討
3. 介護保険の給付見直し（検討項目）
- 利用者負担（2割負担）の範囲拡大
- 多床室の室料負担導入
- ケアマネジメントに関する給付の見直し
- 軽度者への生活援助サービス等の給付見直し
注意：これらは検討中の項目です
介護保険の給付見直しについては、2025年末までに結論を得ることとされており、実際の実施内容は今後の議論次第です。
C. サービス提供体制の効率化・強化
1. 医療DX・介護DXの推進
デジタル化による効率化施策
- 電子カルテの標準化・情報連携の推進
- AIを活用した診療支援システムの導入
- 介護記録の電子化・ペーパーレス化
- 介護ロボット・ICT機器の導入支援拡充
- オンライン診療・服薬指導の更なる推進
2. タスクシフト・タスクシェアの促進
- 特定行為研修を修了した看護師の活用拡大
- 医師から他職種への業務移管の推進
- 介護職員の業務範囲の見直し
- 多職種連携の強化
3. 地域医療構想の新展開
地域医療構想の今後のスケジュール
- 医療機関機能・病床機能の明確化
- 国・都道府県・市町村の役割分担
- 不要病床の削減（一般・療養・精神病床）
4. 医師偏在対策の総合パッケージ
| 対策の種類 | 具体的内容 |
|---|---|
| 経済的インセンティブ | 地域勤務医師への手当拡充、診療報酬での評価 |
| 規制的手法 | 医師少数区域での勤務義務化の検討 |
| 教育・養成 | 総合診療医の育成強化、地域枠の拡充 |
| マッチング機能 | 全国的な医師配置調整システムの構築 |
D. 経営支援・事業再編の促進
1. 法人制度を活用した経営強化
- 地域医療連携推進法人：医療機関の連携・統合を促進
- 社会福祉連携推進法人：介護・福祉事業者の協働化
- 小規模事業者のネットワーク構築支援
- M&Aによる事業承継の促進
2. 経営改善支援策
- 病院事業債（経営改善推進事業）の活用促進
- 福祉医療機構による低利融資の拡充
- 経営コンサルティング支援の強化
- ベストプラクティスの横展開
疾患別・分野別の重点施策
1. がん対策の強化
- がん診療連携拠点病院の機能強化
- 希少がん・難治がんへの対策拡充
- がん検診受診率向上（特に女性のがん検診）
- 緩和ケアの質向上と普及促進
2. 循環器病対策
- 急性期医療体制の整備（24時間365日対応）
- 回復期・慢性期のリハビリテーション充実
- 後遺症支援の強化
- 予防対策の推進
3. 慢性疾患対策
| 疾患 | 重点施策 |
|---|---|
| 慢性腎臓病 | 透析予防、腎不全患者の緩和ケア |
| 糖尿病 | 重症化予防、歯周病との連携治療 |
| COPD | 早期発見・早期治療、禁煙支援 |
| 認知症 | 早期診断体制、地域包括ケア |
4. 歯科・口腔保健の充実
国民皆歯科健診に向けた取組
- 生涯を通じた歯科健診体制の構築
- オーラルフレイル対策の推進
- 医科歯科連携の強化
- 歯科衛生士・歯科技工士の人材確保
- デジタル技術を活用した新材料の保険導入
5. 母子保健・周産期医療
出産費用の無償化へ
2026年度を目途に、標準的な出産費用の自己負担を無償化する方針が示されています。また、産科・小児科医療機関への支援強化により、安心して子どもを産み育てられる環境整備を進めます。
地方財政への影響と対応
地方自治体が直面する課題
地方財政審議会が指摘する重要課題
- 物価上昇の影響
- 官庁営繕単価：前年度比+7.4％
- 委託料の上昇
- 会計年度任用職員給料改定率：+8.9％
- 人件費の増加
- 人事院勧告による官民較差：2.76％
- 地方公務員の処遇改善必要性
- 金利上昇リスク
- 長期金利が一時1.5％台（16年ぶりの水準）
地方財政対策
- 一般財源総額の増額確保
- 地方交付税の適切な算定
- 公立病院への財政支援強化
- 介護保険財政の安定化
今後のスケジュールと検討プロセス
2026年度改定に向けたロードマップ
- 春季労使交渉の結果を踏まえた検討開始
- 各種実態調査の実施
- 関係団体からのヒアリング
- 高額療養費制度の方針決定
- 改定の基本方針策定
- 財源確保策の検討
- 診療報酬改定の改定率決定
- 介護・障害福祉報酬の改定率決定
- 予算編成での財源措置
- 個別改定項目の決定
- 告示・通知の発出
- 事業者向け説明会の開催
- 新報酬体系スタート
私たち国民への具体的な影響
現役世代（20～45歳）への影響
プラス面
- 保険料負担の抑制：賃上げ分が保険料増で相殺されることを防ぐ
- 医療アクセスの向上：オンライン診療の拡充、リフィル処方箋の普及
- 予防医療の充実：健診・検診の拡充、健康経営の推進
マイナス面・注意点
- 自己負担の増加可能性
- OTC類似薬の保険給付見直し
- 高額療養費制度の見直し
- 金融所得がある場合の保険料増
- サービスの変化
- 軽度者向け介護サービスの見直し
- 医療機関の機能分化・集約化
高齢者への影響
- 医療・介護サービスの質向上（人材確保による）
- 応能負担強化による高所得者の負担増
- 地域包括ケアシステムの充実
- 在宅医療・在宅介護の選択肢拡大
医療・介護従事者への影響
期待される改善
- 他産業並みの賃上げ実現
- 業務負担の軽減（ICT活用、タスクシフト）
- キャリアアップ機会の拡充
- 働き方改革の推進
政党・政治家はどう動くか
2026年度改定は、各政党にとって重要な政策課題となります。以下のような論点で議論が展開されることが予想されます：
与党の立場
- 「成長と分配の好循環」の実現をアピール
- 現役世代の負担軽減を強調
- 財源確保策の現実的な提案
野党の論点
- 給付削減への批判
- より大胆な賃上げ要求
- 消費税を含む税制改革の提案
注目すべき政策動向
- 財政健全化目標との整合性：基礎的財政収支（PB）黒字化目標との両立
- 税制改革との連動：所得税改革、金融所得課税の見直し
- 地方創生との関係：地域医療・介護体制の維持
まとめ：持続可能な社会保障制度への転換点
2026年度のトリプル改定は、日本の社会保障制度にとって歴史的な転換点となります。「コストカット型」から「成長型」へという明確な方針転換の下、以下の3つの目標の同時達成を目指します：
- 医療・介護・福祉従事者の処遇改善：約500万人の賃上げ実現
- サービスの質向上と効率化：DX推進、タスクシフト、地域連携
- 現役世代の負担軽減：保険料上昇の抑制、応能負担の強化
これらの改革が成功するかどうかは、今後の日本社会の持続可能性を左右します。物価高騰と人材不足という二重の危機を乗り越え、全世代が安心できる社会保障制度を構築できるか。2026年度改定は、その試金石となるでしょう。
私たち一人ひとりも、この改革の行方を注視し、必要に応じて声を上げていくことが重要です。社会保障は、国民全体で支え、作り上げていくものだからです。
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